2007年03月

2007年03月25日

インド人の運転マナー

 インドに来てからというもの、どうしても気になってるのがインド人の「クラクション」の使い方。

 一体どこをどう間違ったらあんなクラクションの使い方になってしまうんだ??

 なんて事を真剣に考えてしまうほど、皆してクラクションの使い方がデタラメだ。。。

 まず、人が横断歩道を渡ってると遠くからクラクション鳴らしながら当然のように突進してくるし、前から車がくれば俺が先だと言わんばかりにクラクションを鳴らしまくる。

 さらに、交差点へ入る前ではクラクションを連発して過剰に存在をアピールし、前の車がブレーキ踏めばそんなのしょうがないのにそれでもクラクション。

 終いには隣りの車からクラクションが鳴れば、オレも負けじと何故かクラクションで応戦までしてしまう。。

 なかにはクラクションを改造してアホみたいにデカイ音を発してる奴とか、ピロピロピロ〜みたいな変ちくりんな音を鳴らしながら走ってる輩までいるし・・。

 こんな光景を見てると、インド人はクラクションを鳴らす行為そのものをカッコイイぐらいに感じてるイタイ人達としか思えない。。

 この作法はなにも車に限ってだけじゃなく、バス・バイク・オートリクシャー、そしてチャリンコまでもが忠実に守っているのだ。

 しかも時間と場所は問わず、いつでもどこでもだ。 控えめな日本の作法で育ったうちらにしたら、いい加減うるさくってたまんない、、、

 インドの教習所では「クラクション」について一体どういう教え方をしてるのか???

 これ、くだらないんだけど最近知りたい事の一つ。そもそも教習所の存在すら怪しいけど、、、

 ついでにもう一つ、インド人は運転がムチャクチャ荒い!!

 車だろうがバスだろうが片側1車線の道路で平気でキワドい追い越しをかけるし、そのイケイケ加減といったらもう半端じゃない。もちろんその時もクラクションの使用は欠かさない。。

 これには早いトコ慣れちゃわないと心臓に悪いだけだ・・。

  最近会った日本人なんて、乗ってたバスのドライバーがいきなり他のバスドライバーと喧嘩を始め、しばらくデッドヒートを繰りひろげたあげくタイヤがパンクしてしまったからと途中で全員降ろされたって話だ。。

 しかもこれは国営バスだっていうんだからいったい何を考えてんだか・・。

 うちらもこないだ乗ったリクシャー(三輪オート)ではちょっと危ない目に遭ってしまった。。

 その時のドライバーは珍しく女性だったんだけど、宿のアドレスカードを見せ「場所は分かるか?」と尋ねてもヘラヘラ笑っているだけで、何だか様子がおかしかった。

 それでも任せとけといった素振りだったから、とりあえず乗り込んでスタートしたけど案の定運転が荒くて、これはちょっと危ないな〜なんて心配しながら乗っていた。。

 ちょうど交差点に差しかかった辺りで、激しくクラクションを鳴らし始めたからいったい何が始まったのかと思いきや、かなり大きい交差点にも関わらずなんと信号無視プラス完全ノーブレーキで突進したのだ・・。

 うちら二人はまさかと思い声も出なかった、、、

 ドライバーにはすぐ叱り付けたけど、次の信号でもその次の信号でも一向に無視を止めようとしなかった。

 こんなフザケたドライバーとこんなトコで心中なんてまっぴらゴメンだ、、、と二人で怒鳴り散らし途中で降りてしまった。

 そして金は一銭も払わなかった、、、

 こんな危ない目に合わされたのに金なんか払う必要は全く無い!! と、これにはゆりもマジギレ・・。

 ま〜これはちょっと極端すぎる例かもしれないけど、それにしてもみんな揃いに揃ってこんな運転で、よく大事故にならないもんだな〜とつくづく感心してしまう。

 それでもインド人の運転を見てると、日本人に比べ全体的に運転のレベルは高い。だからこそこんな状態でも成り立っちゃってるんじゃないかと思うんだけど・・。

 インドで乗り物に乗る機会がある人、特に気が弱い人は運転をあまりじっくり見ない方が身のためかも。。

 ちなみに、スリランカも同じような運転マナーだったのを覚えている、、、


 



sekaihokkori at 19:12|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!インド 

2007年03月23日

日本人が人気の町プリー

 駅を出た瞬間に感じたココの空気は「コルカタ」のような都会とは比べようもないくらいユッタりしていた。。。

 

 この町にはこれといって見所があるわけじゃないんだけど、「ベンガル湾に面した綺麗なビーチ」という甘い言葉につい誘惑され、とりあえず寄ってみることになった。

 宿はすでにガイドブックで決めてあったんだけど、電車を降りた瞬間「リクシャーワーラー(三輪タクシーの運転手)」に腕を掴まれ、決めていたゲストハウスの名を告げてるにも関わらず「ミルダケネッ」という変な日本語で畳み掛けられ、強引に他のゲストハウスに連れてかれてしまった。

 インドではこういった「リクシャーワーラー」と宿が手を組んでいる事が多く、特定の宿に客を連れていくと紹介料として、宿からいくらかのコミッションが「リクシャーワーラー」の手に渡るような仕組みになっている。

 悪どいリクシャーワーラーも多く、頼んだ行き先には行かずコミッションの入る宿や土産物屋、旅行代理店等に無理やり連れていき、強引に高価な品を売付けたり不当な金額でツアーを申し込ませようとする輩もいるようだ。。

 当然この事は知ってたけど、人が悪そうな感じでもなかったし時間もたっぷりあるって事でとりあえず案内された部屋を覗いてみる事にした。

 すると、想像以上に清潔だしインテリアもカワイイ。。。

   

 値段も予定してた宿よりも安いぐらいだし、何よりリクシャーワーラーがこんなステキな宿を紹介出来るという事に驚いた、、

 良いイメージが無かっただけに、な〜んだやれば出来るんじゃんか、、、☆

 なんて事を思ったけど、結局まんまとリクシャーワーラーの思う壷に予定変更してしまったうちらだった。。

 そしてこの町の驚くべき特徴の一つに、町の住人が異常なほど親日的というのがある。

 道を歩けば「コンニチワ〜」とか「ゲンキデスカ〜」とか、つたない日本語で町の住人がすれ違いざまに挨拶してくる。

 さらに韓国人じゃなく日本人だと分かるや否や、次から次へとやたらと積極的に話しかけてくる。

 ビーチに行ったって、もう人だかりが出来ちゃうぐらい激しくて、二人でゆっくりなんて出来たもんじゃない。

 こんな小さな町に日本人の奥さんがいるゲストハウス(宿)が2件もあるし、その影響できっと日本人も多いんだろうな〜なんて思ってはいたものの、それにしてもちょっと凄すぎ。。

 とにかく、日本人に対し何らかの特別な感情があるのは確かだった。 そのうち、何人かのロコボーイと話してるうちに気になったのが「僕には日本人のガールフレンドがいる」とか言ってる奴がやたら多い事。。

 この時点でな〜んとなく読めてきた・・。

 日本人の奥さんが居るゲストハウスにしろ、ようは旅先であるこの地で地元のロコボーイと恋に落ち、そのまま居着いてしまってる日本人女性旅行者が多いだけの話だと思う。

 確かに、ココのインド人男性はハートがピュアで日本人男性と比べても性格が良いというのは話せばすぐに分かる。 顔だってこの手の顔が嫌いじゃなければ、日本人なんかより彫りも深いしカッコ良くも見えるだろう。

 旅の道中、精神的にも肉体的にも荒みきったさなか夕陽が沈む真っ白い砂のビーチで、ピュアな地元の男性から優しい言葉の一つでも掛けられようものなら、、、

 う〜ん、そのまま恋に落ちてしまいたくなる女心も分からんでも無いけど・・。

 ある彼には付き合ってる子の写真まで見せてもらった。 一体どんな子と付き合ってるのかと思いきや、ホントにこの子が?というような見た目どこにでも居そうな普通の女の子だった、、ちなみに歳は20才だそうだ・・。

 地元の彼らにしてみたら、日本人女性をつかまえるということは、ある種「ジャパニーズドリーム」を手にするという事でもあるのだろう。

 「今度、付き合ってる彼女と一緒に日本へ行くんだ〜!」なんて眼を輝かせながら言ってる子もいた。

 親しくなったインド人に聞いてみたら、一般的なインド人男性一日の平均収入は200ルピー前後らしい。 コンピューター関係の超一流企業に勤めてても、せいぜい一日1500〜2000ルピーだそうだ。(1ルピー=約2.5円)

 これを考えると、いくらお金を持ってない日本人だろうが彼らからしてみると十分過ぎるほど金持ちなのだ。ましてやこんな田舎町の話だからことさらだろう。

 ま〜これが全てじゃないにしろ、何故この町の住人達がうちら日本人に対しこうも友好的なのかが少しは判明した気がする。

 さらに、町の男どもがうちら二人にというよりは、どうもゆりにばかり声をかけてきてるように思えたのが、実は気のせいだった訳じゃなかったという事も・・。

 
 



sekaihokkori at 22:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!インド 

2007年03月22日

インドの列車

 コルカタから寝台列車に乗って、南へ9時間ほど下った「プリー」という海沿いの小さな町にたどり着いた。

 インドで初めて乗った寝台列車の乗り心地は、2等三段ベッド(エアコン無)という一番安いクラスだったにも関わらずそんなに悪くなかった。


 ただインドの列車は車内はそうでも無いけど、線路がとにかく汚い・・。

 まず駅に着くと、、、、、、、異臭が、、、

 はじめ何が匂ってんのか分からなかったんだけど、よく眼をよく凝らしてみると線路のいたるところにウ○コの姿が・・!?

 インドの列車のトイレは、下にただ穴が空いてるだけの垂れ流し式だから、線路に目をやると嫌でもコレが視界に入ってきちゃう。

 走ってる最中はまだしも、駅で停車してるときなんかに暑さとあいまってムワ〜ッと匂ってくる。。

 さらに、インド人はいらない物はゴミでも何でも窓からポイポイ捨てちゃうから、線路付近は見事に酷い状態が保たれてる。

 

 インドでは町を歩いててもそうなんだけど、人通りが多くても結構平然と立ちションしてたり、道端には誰のものとも分からないウ○コがいきなり転がってたりする。。。

 それでもインド人の足元は一様にサンダルで、ちょっと踏ん付けるぐらいは屁とも思っちゃいないのか、涼しい顔してさっそうと歩いてる。

 どうもインド人は、人間のものに限らず糞尿をそれほど不潔なものとして扱ってないようだ、少なくとも日本ほど負のイメージは持っていないと思う。

 とりわけ牛のウ○コは神聖だ、なんて言ってるぐらいだし・・。

 とはいっても、自分らがいきなりそんな気になれるはずもなく、日々ウ○コを避けるのに神経使ってばかりだ。

 お陰でこっちに来てからというもの、歩く時の目線は今まで今までに比べずいぶんさがり気味。

 それと同時に車も注意しないと危ないから、歩く時は目線を上げたり下げたりと結構忙しい。。。


 



sekaihokkori at 22:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!インド 

2007年03月20日

インド上陸

 オーストラリアを発った僕らは、ブルネイで一泊した後いったんタイへと戻った。

 インドビザ取得の為に、わざわざ一週間近くもバンコクに滞在しなければならなかったのだが、それが逆にインドに向けての適度なワンクッションとなってくれた。

 さすがにオーストラリアから直インドだと、あまりに世界が違い過ぎて肉体的にも精神的にもちょっとツラかったと思う・・。

 うちらにとって、この「インド」という国は世界の中でもとても興味深い国の一つとして考えていた。

 この国について飛び交ってる情報というと、ホントかどうかすら眉唾のものもあるけど、ま〜ありとあらゆる内容が面白いように出てくる出てくる。。

 なかには日本人の感覚では突拍子無さ過ぎてピンとこないようなものもあるけど、ココは数々の宗教が生まれたパワフルな地であり、それ故か覆う事なくさらけ出された人間の「聖」と「俗」が生々しく渦を巻いており、その両極のギャップも極端に激しい、という印象を持っている。

 とにかく、その真相をキッチリ自分の目で確かめるべく、インドでは約3カ月という長めの滞在期間を予定した。

 その間にザックリでも良いから一周出来ればと考えている。

 まず、飛行機を使い最初に降り立った地は「コルカタ(旧カルカッタ)」という街。

 ココは、かの有名な安宿街「サダルストリート」がある街で、うちらもごく当然のように、この辺りの安宿に4日ほど滞在することにした。

 いったいどんなトコかというと、、、

 真っ先に思い浮かぶのは「タクシー・バイク・リクシャー・渋滞・クラクション・騒音・叫び声・砂ぼこり・異臭・客引き・物乞い」だろうか。。。

 

 なんだそれ!?って感じだけど、ほんとにそれぐらいしか浮かばない・・。

 というより、それらインパクトが強烈過ぎるせいで他の印象が薄いといった感じ・・。

 とにかく溢れかえった人々の喧噪と、生活の熱気にひたすら圧倒されっぱなしだった。。。

 街並みを楽しみながらゆっくり散歩でも、、、 なんていう優雅な気分に浸りたいと思ったって、ハッキリ言ってここでは不可能かもしれない。

 ここではゆっくり歩く事すらままならないし、出来てもしない方が賢明だろう、、、

 一歩外に出れば、タクシーやリクシャーのドライバー、宿や食堂、土産物屋などの客引きから、物乞いや通り掛かりのおっちゃんまでと、ありとあらゆる人物が引っ切りなしに声を掛けてくる。

 キョロキョロしながらチンタラでも歩こうもんなら、インド人からの執拗なアタックで一向に目的地なんか着かないうえ、暴走してる車かリクシャーにひかれそうになるのがオチだ、、、

 そんな場所から始まったうちらのインド旅だけど、初日から期待してた通りの体験がうちらを待っていた。

 まず、次の行き先の列車チケットを事前手配しようと「ハウラー」という駅に行った時のこと。

 ここは長距離列車の発着駅になっているような大きな駅でかなりの規模と人の数が凄く、着いたは良いけど右も左も分からないで困っていた。

 仕方なくその辺の人に場所を尋ねてたところ、片言の日本語で「コンニチワ」とか言いながら一人のインドおじさんがいきなり話に割って入ってきた。

 そのおじさんいわく、この駅の窓口は混み過ぎてるから船で川を渡ったトコにある別の窓口に行ったほうが良い、自分もこれからそこに行くから一緒に行こう、と言うのだ。

 さらに、頼んでもいないのに強引にココナッツジュースまでオゴってくれだした。。。

 これまで数々の騙され話を聞いてたうちらとしては、 日本語が上手いのが逆にウサン臭いし、インド人が下心無しに物をオゴるなんて話は聞いたこと無いな〜。

 って感じで警戒してたんだけど、自分はインドで日本の空手の先生をしてて、生徒が数十人いて、沖縄には自分の師匠がいるんだ。

 なんて話しを聞いてるうちに、悪いこと企んでるような顔にも見えなかったし、ま〜物は試しとついていってみる事にした。

 このおじさんの名前は「ヴィジャイ」さんというんだけど、予約窓口に行くまでの間にインド初心者のうちらに言語やあいさつ、文化や宗教に至るまで、それはそれは熱心にいろいろ教えてくれた。

 さらに、連絡先を教えるからうちらの写真をメールで送って欲しいとか、泊まるトコとか困ったことがあったら連絡しろとか、日本に行った時は逆に案内してくれとか、会ってからまだ数時間しか経って無いっていうのに異常なほどのフレンドリーっぷりを発揮してくるのだ。

 その後もうちらを心配して、自分の帰る方向とは全く逆の「サダルストリート」付近まで、一緒に歩いてついてきてくれたのだ。 距離にして3〜4kmはあるだろうか、、

 別れは大人の紳士らしく一言二言添えただけでサッと立ち去ってしまったけど、結果的にうちらの目的だった列車の予約はヴィジャイさんの言う通りの方法で何の問題も無く手配する事が出来た。

 胸のどこかで心配していた下心なんていうものは、初めから無かったという事が別れてみて初めて分かった。同時に、うちらはこの紳士の存在そのものにえらく感動した。

 そしてヴィジャイさんと別れてまだ間も無いころ、一人の老人がおもむろに声を掛けてきた。 歳にして70歳前後ぐらいだろうか、、、

 他にも声を掛けてくる人間はごまんといるのに、何故かこの老人の前では立ち止まってしまった。

 その老人は別に何を売り付ける訳でもなく、うちらが行こうと思ってたマーケット(市場)までついてきて、自然と案内を始めた。

 

 このマーケットは、入り組んだ建物に2000件近くもの店がグチャグチャに密集してるようなトコだから普通に入ったら迷子になるのは必至だった。

 しかし、この老人のお陰で迷子になることはなかったし、強引な客引きからも守ってもらったうえ、売ってる品からヒンドゥー教の神々についてまで事細かに解説してくれた。

 さらに、この人の知り合いの店でチャイ(お茶)までごちそうになり、その店の人達からも興味深い話を色々と聞かせてもらった。そして、この老人までもがうちらを見送るために宿近くまで一緒に歩いてきてくれた。

 この老人の場合は別れ際にいくらかのバクシーン(喜捨・寄付)をお願いされたが、うちらも当然のように20ルピー(約50円)ほど渡し、お礼を告げ別れた。

 これらはたった数時間のうちに起きた出会いと別れだ。

 文章だとなんて事ないけど、この日は今までに感じた事がないくらい濃い密度で色んな事が起きたように感じた。そのせいか、宿に戻ってからしばらくは身体が熱っぽかったぐらいだ。

 インドを旅するにあたって、うちらのあいだで問題の一つとなっていたのが、

 
インド人との境界線を何処に引くべきか? という問題。


 インドで悪い奴に騙されたという話は耳にタコが出来るほど聞いている。

 ウソつかれてボッタクられたなんていう話は日常茶飯事だし、出された飲み物に睡眠薬が入っていて、眠ってる隙に金品を身ぐるみ剥がされた、なんていう悪質な事件なんかも結構起きてるらしい。

 じゃあインド人は悪い奴ばっかりなのか、というと全くそんなこと無いとは思うけど、悪い奴がたくさんいるというのも紛れもない事実だと思う。

 特に、旅行者はターゲットになり易いとも聞く。 うちらも店の裏でチャイ(お茶)を出されたときは、これはひょっとすると、、と恐る恐る口をつけたぐらいだ・・。

 それだって恐かったら初めから飲まなきゃ良いだけの話なんだけど、チャイを出したインド人からしたら相手に対する好意と近付きのしるしとして振る舞ったと思う。

 それを信じて素直に気持ちを受けとめるか?

 やっぱり危険だからつき返してしまうのか?


 この選択如何で、旅の中身は全く別のものになってくると思う。仮に騙されるのがどうしても嫌なら、インド人からのアプローチを全てシャットアウトする事だってやろうと思えば可能だ。

 でも、それで本当にインドを旅した事になるのか?


 この日の出会いにしたって、まず相手を信用したからこそ相手との間にあったよけいなモノが取り払われ、おのずと心と心が通じ合ったんだと思う。

 だからといって、やみくもに誰でもかんでも信用しちゃうというのもどうかと思うけど・・。

 騙された人にしたって、わざわざ騙されたいと思って騙された好き者は少ないハズだ、大概はこの人は大丈夫だろうと信用した結果騙されたわけだ。

 じゃあ、いったい誰を信用すれば騙されないのか?


 当然ながらその判断はあくまで自分でするしかない。これは日常生活でも言える事だけど、特にアプローチの多いインドではこの判断が常に要求される。

 これについてはうちらなりに出した、人を見分ける時の判断の目安がある。

 それはズバリ、、、、、「眼」 


 澄んだキレイな「眼」をしてる人は信用に足りる人、濁って澱んだ「眼」をしてる人は要注意、というもの。

 単純だけどこれはオーストラリアにいた頃から実践してきた、うちらの中で最も信頼出来る基準だ。 逆に、これまで出会ってきた良い人や信用出来る人と言える人達は、必ずといっていいほど良い「眼」をしていた。

 「眼は口ほどに物を言う」という通り、人の善し悪しはどんなに肌の色が違かろうが必ず「眼」に表われると勝手に確信している。

 特にインド人は口が達者だから言ってる事だけ聞いてるとそれとなく説得力があって、とてもウソをついてるようには思えない時がある。

 それと、インド人は日本人に比べしょっぱなから全開オープンで接してくる。 会ってまだ数分しか経ってないっていうのに、いきなり今から家に来いとか言いだしちゃったりする。

 日本人の感覚からすると、ちょっと厚かましいぐらいなんだけど、とにかく人に対する好奇心が旺盛のようだ。

 「インドを歩くということは、人の森を歩くということ」


 と言われてるけど、やはりインドに触れるという意味では地元の人との関わり方が思いのほか重要になってくるんじゃないだろうか。

 騙されないよう常に気を張るのも大事だけど、様々な人との関わりの中で多少騙されるような事があったとしたってそれも経験の一つ。

 騙される事を恐れるがあまり、人との関わりを一切拒否し何も見ようともしないで終わるよりはマシな結果だと思うのだが・・。

 

 



sekaihokkori at 22:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!インド 

2007年03月09日

オーストラリアの旅を終えて

 オーストラリア出国当日の朝を迎えた。

 昨晩はブリスベンのユースホステルで同部屋になった「ナオトくん&トキちゃん」カップルと、街へ繰り出し遅くまで飲んだ。

 旅に出てから自分らのようなカップルの日本人と仲良くなったのはこれが初めて、 ましてや一緒にお酒を飲みに行くなんて事は全く無かった。

 近ごろ酒自体もご無沙汰だったし飲む時はいつも自分一人だけだったから、昨晩みんなで乾杯したビールの味はもう格別に旨かった、、、☆☆☆

 この二人とは、短い間だったけど同じ空間で寝食を共にし、さらに積極的に心を開いてくれたお陰で時間の長さに比例しない関係を築けたと思っている。

 うちらとしては、これから貴重なワーホリ生活を二人で送るにあたり「二人助け合う事によってのみ得られる一人の時よりも大きなモノ」をいっぱい手にし、二人とも胸を張って日本に帰ってくれてる事を願っている!!

 そして、日本での再会を堅く誓い合った二人に見送られ、朝9時前には部屋を後にした。

 早めに空港着いて、チェックインをさっさと済ませた後でゆっくりしてようかな〜、なんて思ってた矢先、、、


 チェックインで搭乗拒否されてしまった・・・(汗)


 理由は、タイに入国するにはビザを取得するか、その先の行き先(第三国)の航空チケットを持ってるかしないとダメなのだが、うちらは第三国(インド)行きチケットの予約レシートしか持ってなかったのだ。

 これはオーストラリアへ来る前、タイにあるツアー会社で手配したものなのだが、もし空港で第三国行きチケットの提示を迫られたら、これを見せれば問題ないと言われて渡されたレシートだ。

 なんて適当なことしてくれたんだ〜(怒)

 とにかくレシートだけでは全く証明にならんのでFAXで構わないからチケットのコピーを送ってもらえと空港のFAX番号を渡された。

 とりあえず国際電話でバンコクに電話したんだけど何度掛けても誰も出ない・・。

 いくら掛け直しても小銭が減るいっぽうだし、なんか嫌な予感がして近くの空港職員にタイとオーストラリアの時差を確認した所、約4時間程度の時差があることが判明。

 飛行機の出発が12時30分、ツアー会社の営業は朝の9時から、、、ってことは!?


 間に合わないじゃん・・・。


 二人ともそのまま真っ白になってしまった、、、、


 もうどうしようもないので、その旨をカウンターで伝えたら、それなら空港に併設する予約カウンターで新たにチケットを手配し直せとか言ってる。


 念のため値段を確認すると、、、1人約6万円。


 うちらが予約してたのは、、、、1人2万円ちょっと。


 これは絶対ありえないと購入を断念した結果、とうとう出発の時刻が過ぎてしまった〜〜〜。

 その直後放送で呼び出され、もう次の便は3日後しか無いからブルネイエアラインのオフィスに直接行って、自分で変更手続きしてこいと言われ、手書きの住所と電話番号が書かれた紙のみを渡された。。。

 こんな事態は二人とも初めてだ、、、

 さすがにその時はテンパっちゃって、もう何がなんだか訳もわからずただ呆然と空港のベンチに座り込んでしまった・・。

 この短時間の間に、しばらく何もする気が起きないぐらい疲れ果ててしまったけど、いくら落ち込んでたって何一つ解決はしない。

 海外では自分で動かなきゃ誰も助けてはくれないのだ・・(厳)

 ここは何とか気をとり直し、まずはツアー会社に連絡をつけ、2泊出来る宿を探し、翌日には航空会社のオフィスまで出向き、理由を話し謝った末、何とかチケットを手配し直すとこまでこぎ着けた。。。(汗)

 結局、3日後はタイまでの直行便が無く「ブルネイ」という国で一泊トランジットせざるを得ない状況になった。

 ま〜「ブルネイ」という国はとりわけ見所がある国でもなかったんだけど、物価はオーストラリアに比べると格段に安いし、そのお陰でうちらにしては贅沢過ぎるホテルにも泊まれたしついでに美味しい中華も食べてと、なんだかんだ満喫してしまった♪

 もともと全く行く予定の無かった国だが、考えようによっては安いお金で+1カ国多く見ることが出来た訳だし、それはそれでラッキーだったのかもしれない。。(前向)

 と、ま〜最後にこんなオチが出来てしまったオーストラリアだったけど、とにかく十分すぎるほど充実した旅が送れたのは確かだ。

 オーストラリアという国は、物価は高いがその分環境が整っていてホントに旅がしやすい国だった。

 というより、この国では「旅」や「アウトドアアクティビティー」は一つの文化として立派な位置付けがなされている。

 この国は基本的に野宿は禁止されているんだけど、その代わりに国道沿いならどんな小さな町でも必ずといって良いほどテントを張れるキャンプ場が見つかる。

 お金は多少かかるが、その設備と清潔さたるや日本のキャンプ場なんか全く比較にならないほどだ。

 プールに冷蔵庫・電子レンジにトースター・洗濯機から乾燥機にアイロン、なんてのはまだ序の口のほうで、中には大型野外スクリーンとか、バカでかいトランポリンなんて物まで用意されてるトコもある。

 その他、ほとんどの海水浴場や無料プールではトイレとシャワーがしっかり備え付けられてるし、極めつけは何といっても「バーベキューグリル」がそこら中にあることだろう。。。

 ボタンを押せばオートマチックで点火〜消火するハイテク物で、誰でも簡単に自由に使うことが出来る。

 掃除も市の職員みたいな人が来て毎日のようにしてるから、いたってクリーンな状態が保たれている。

 こんな「バーベキューグリル」が、人の集まるようなトコだったら、ちょっとした公園や海辺・プールサイドに至るまで、そこら中で発見できる。 うちらもこれにはだいぶお世話になった、、、

 しかもこれ、無料☆

 とにかく、国をあげてこの素晴らしい自然を存分に満喫してくれ〜、と言わんばかりの充実設備ぶりだった。

 そこでよく目にしたのが、仲良くアウトドアを楽しんでる老夫婦の姿。

 この国では仕事をリタイヤした後、キャンピングカーに乗って夫婦でのんびりと国中を旅して回るのがステータスになっているようだ。


 なんて素晴らしいステータスなんだ・・!?


 うちらも老後はオーストラリアの老夫婦のような生活を送ってみたいもんだ、、、

  いや、老後とは言わず今すぐにでも。。(羨)

 人口たったの2000万人しか居ないこの国は、これだけの面積を持ちながらも公共設備をしっかりと管理し、国民保険にも力を入れているようだ。

 驚くことに、この国ではほとんど浮浪者を見かけない。。。

 来た時から気になってたから永住者に聞いてみたんだけど、どうやら保険が手厚いお陰で、週に1日程度働いてれば最低限生活できるぐらいのお金はおりるそうだ。

 ま〜これが良いか悪いかは別として、ほとんどの商店やスーパーも夕方5時頃には店を閉めてしまうし、ビジネスマンも夕方頃になると足早に帰宅する姿が目につく。

 その光景を見ていると、この国では夜まで働くこと自体ナンセンスなんだ、、、とさえ思える。


 「仕事はもちろん大事だけど、それより大事なのは家族との時間や人生を有意義に過ごす事なんだよ〜〜」


 まるで国そのものが、そう訴えかけてきているように感じた。

 そんな風土のおかげか、どうやらこの国には年齢問わず人生を楽しむ事にたけた天才が大勢いるようだ。


 老後はオーストラリアに永住し、夫婦で仲良く自然と共に・・・・。


 なんて夢が、また一つ増えるかもしれない、、、!?

 



2007年03月01日

オーストラリアの旅もあと僅か

 ケアンズを終える頃になると、寂しいけどオーストラリアの旅もチラホラと終わりが見えるようになってきた。

 しかし感傷に浸るのはまだ早い、うちらには「車の売却」という最後の大仕事が控えている。。

 ここオーストラリアでの旅を良い思い出とする為にも、これを済ませない事にはどうにもこうにも締めくくれない。

 そのため、ケアンズを後にしたうちらは再度ゴールドコーストのサーファーズパラダイスへと戻り、購入した時と同じような写真付きの自作チラシを数カ所の情報掲示板に貼って、ただただ電話がくるのを待った。

 年式が新しいのと、価格を相場よりだいぶ安く出したおかげか、初日は午前中から引っ切りなしに携帯が鳴ってくれた。

 その日何人かアポが取れた中でも、電話の段階から熱意を伝えてきた女の子へ一番最初に見せてあげる事にしたのだが、 この判断が大きく功を奏した。

 その場で交渉設立しただけでなく、うちらにとって信じられないような好条件で話を終えることができた。

 引き渡しの日はオーストラリアを出る直前まで待ってもらった上に、残りのオーストラリア生活を是非とも楽しんでもらいたい、という彼女の好意のもと、なんとサーフボード一式+ボディーボード一式+キャンプ用エアマット(ダブルサイズ)まで貸し出してくれたのだ。。。

 うちらにしてみたら一発で決まってくれたから時間も手間もなんら掛からなかったし、出国までの間車無くなったらどうしようか〜、とちょうど困ってたトコにこのお恵みだ。


 あ〜有難や、、有難や、、、、(土下座)


 という感じで、車の売却という最後の大仕事は嬉しい好意までつき、いとも簡単にクリアしてしまった。。(喜)

 お陰で出発までの十数日間は、何の不安材料も無い「完全ストレスフリー」の状態でぞんぶんに楽しませてもらいました☆

 そして引き渡しも翌日にせまったその日、新たな門出に備え車を大掃除してたんだけど、


 「苦労を共にした相棒とも、とうとう明日でお別れか・・・」


 そう考えると、たとえ車とはいえ何ともブルーな気分になってしまった。

 ひとえに、オーストラリアの旅が無事楽しいものとして終えることが出来た要因に、この車だったからこそという割合が非常に大きい。

 運悪く変な車を選んでしまったら、故障だらけでは満足に終えることは難しかっただろうし、費用もさらに掛かってた事だろう。

 無理な走りと、厳しい暑さのせいでかなり負担をかけてしまったけど、この車に出会えた事は二人とも本当に感謝している。

 そして今後も彼女のような人に乗ってもらえることを思うと、安心と嬉しさで少しは寂しい気分も和らいだ。。。



 これからも元気に走ってくれよ〜、さよならマグナ〜(泣)!!!

 

マイカー

 

 

 

 

 

 

 

 


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜データ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

走行距離合計:11400km

ガソリン代合計:約15万円

メンテナンス:オイル交換1回、バッテリー交換1回、パンク計4回