2007年07月

2007年07月18日

インドの旅を終えて

 陸路で、インドのバラナシからネパールのポカラに入るのと同時に、4カ月にも渡ったうちらのインドの旅はようやく終わった。

 途中、PDAが故障するというトラブルもあって、あまり細いトコまでは伝えきれなかったけど、噂以上に「濃く」「刺激的」な国だったという事には間違いナイです。。。

 初めは何をするにも悪戦苦闘しっぱなしだった旅路も、トイレットペーパーを手放し、砂ぼこり舞う生活の喧噪に揉まれるにつれ、いつの間にか「インドの空気に溶け込む為の術」のようなものが身についていた。

 それにしてもインドの人々は誰かれかまわず、とにかく゛元気でパワフル゛だった印象が強い。。。

 インドの一日は夜明けと共に始まるぐらい早い、にもかかわらず夜は遅く、睡眠はおろか飯だってろくすっぽ食ってないように見えて、それでいてみんな疲れ知らずなのだ。

 これはインドの老人達を見てみれば、よりハッキリと分かる。

 町中では80〜90歳近くに見えるジィさんバァさんが、背筋をピンッとさせ、若者に負けず劣らずバリバリ働き回ってる姿を多く目にした。

 てっきり、「老人=背中が曲がってる」もしくは「老人=動きが遅い」もんだと思い込んでいたけど、インドの老人を見てからは、そのイメージも完全に覆った。

 これは思うに、頭の上で荷物を運ぶ習慣が正しい姿勢を保つ秘訣になってるのと、インドの食べ物や生活のリズムが「より自然に近い」からこそ成せる業なんじゃないかと思う。

 加えて「ヨガ」や「アーユルヴェーダ」のような、遥か古代から研究されてきたナチュラルな健康法が、一般の生活にまで浸透してるのも理由の一つだと思う。さらに「口に入れる物」や「身体に触れる物」などにも気を使ってるように見えた。

 市販されている加工品のパッケージをよく見てみると「自然原料のみで合成添加物などのケミカルは一切使っていません」というような表記はわりと当たり前だし、日本の国旗の色違いのような「ベジタリアンマーク」なるものも至る商品に入っている事に気づく。

 これは、ベジタリアンの多いインドならではのモノだと思うんだけど、その商品に「動物性」の原材料が使われているか否かを識別するためにつけられたマークらしい。

 注意して見てみると、ポテトチップス等のスナック菓子からインスタント食品、他にはシャンプーやハンドクリームとか歯磨き粉なんて物にまで、キッチリこのマークは入っていた、、、

 揚げ句にはマクドナルドのメニューの中にまで見つけられたほど、インドの生活では「当たり前のモノ」として定着している様子だった・・。

 ちなみにうちらも、インドにいる間ほとんど肉を食べなかったので、その間だけは「短期ベジタリアン」と化していた。

 理由は、以前行った事のあるスリランカで「カレーに入っていた鳥肉が原因で食中毒になった」事がトラウマになってたので、同じような衛生状態のインドでは絶対肉を食うのを止めようと思っていたのと、あわせて、菜食がもたらす身体と精神への影響なんてモノにも少々興味があったので、これを機にトライしてみようと思っていた。

 結果としては、それなりに効果があったんじゃないかと思う。。。

 まず、肉を食べない事によって食材の保存状態が悪いインドのような国でも大きな食あたりは防げたし、日々の便通もすこぶる好調だった、、、

 メンタル面では、情緒が安定して感情の起伏が穏やかになったおかげか、二人とも怒る回数が減った気がする☆(※”怒らない”これはインドを旅するうえでとても重要!!)

 ま〜どっちにしても食費が大幅におさえられたので、貧乏旅行者のうちらにとってはそれだけでも有難い。。。

 たった4カ月とはいえ、これはなかなか貴重な体験だったと思う。 化学調味料とダシ文化が根付いている日本でこれを本格的にやろうと思ったら、「味の素」や「粉末だし」なんてものにまで気を使わないとならないから、難しいうえに逆にお金が掛かってしまうと思うので、、、

 うってかわって、酒に関してはお国柄「良し」としてないだけあって品質の基準はかなり低いと聞いた。一度、酒屋で一番安いラム酒のボトルを買った事があったんだけど、飲んだ翌日ソッコウで腹を壊した×××

 ビールも物によっては腹の調子が悪くなる、、、

 噂によると、非合法にヤミで作ってる酒もあるという話だから、インドではうかつに安い酒を飲まない方が身の為なのかもしれない、、、

 その代わりといってはオカシイが、この国では「大麻」の使用が「サドゥー」といわれるヒンドゥー教の修行僧を中心にほぼ合法的に認められている。

 どうやら、ヒンディー的モノサシからすると、、、

 「酒の酔いは邪だが大麻の陶酔は神聖」らしい、、、!?

 それと、インドというと必ずイメージしてしまう「乞食」も本当に多かった。ただ「乞食」といっても、インドではどこからどこまでを乞食といっていいのかイマイチよく分からない。。。

 家が無いからその辺の道端で寝てる人なんてのはザラだし、ビニールシートやバナナの葉なんかで作った雨風を凌ぐのがやっと、といった原始的な空間をより所にしてる人達も少なくない。

 加えて、出家したサドゥー達も基本的には「住まいを持たずに各地を遊行する」というスタイルなので、単純に家を持たないという点だけで乞食を定義してしまうと「インドは乞食だらけ」という事になってしまう。。。

 依然、深刻な貧困や差別にあえいでいる人達も、いるにはいるんだろうけど、全体を通して受けた印象としては「思ったよりかは悲惨じゃないかな、、、」というのが正直な感想。。。

 勝手な解釈かもしれないけど、この国では「乞食」という立場が、れっきとした身分の一つとして成り立っているようにも映った。

 これは、宗教的観念から施しを与える側の人も多く、その行為の見返りとして善行が積めるという「ギブ&テイクの関係」が一般的だからなのかもしれない・・。

 そして、乞食が多いのと比例するかのようにインドの町はドコも「汚い」。。。

 ゴミは基本的にポイ捨てが当り前だし、道端には牛や犬や人間の排泄物から、一見しただけじゃナンだか良く分からないモノまで、、、

 もうナンでもカンでもメチャクチャに散らかっている。。。

 いい加減「どうしてそんなにゴミをポイポイ捨てるんだ!!」と叱りたくなるぐらいなんだけど、でも、聞くところによるとこれは「ゴミを捨てなくなってしまったら、ゴミを拾ってる人達が困るでしょ!?」という事らしかったのだ、、、

 これは、ややもするとインド人得意の”ヘリクツ”に聞こえなくも無いんだけど、言われてみれば確かにそれも一理あるのかも。。。

 これには「なるほど〜!!」と、案外あっさりと納得させられてしまった、、、

 食事にしても、イメージからいくと「残す」なんてことはもったいなくて絶対しないのかと思いきや、意外にも現地の人は残す率が高い。。。

 これも同じように、残したからといって即ゴミ箱行きになるわけじゃなく、それを処理する人間なり動物なりが後にいるからこそなんだな〜と頷ける、、、


 自分は何を基準に「貧しい」と感じるのか???


 自分は何を根拠に「汚ない」と感じるのか???


 インドにいると、フトこんな事まで分からなくなってくる。。。

 いくらインドが近年めざましい経済発展を遂げてると言われようと、うちらが見た「一般庶民」の生活は、先進諸国のそれと比べたら全然「裕福」なわけでも「清潔」なわけでもなかった。

 しかしそこには紛れもなく、人間本来の「ありのままの生活」があり「ありのままの姿」があった。

 さらに、この国は日本を含めた先進諸国のように「臭いものに蓋をする」ような行為も無理にはしない。

 「全てはありのままに人目にさらされ、ありのままに自然に還される」

 その過程には、決してキレイとは言い難いような状態もあれば、目を伏せてしまいたくなるような痛々しい光景も在る・・。

 けれど、それこそが「人間本来の姿」であって、より「自然に近い生活」という事なのかもしれない・・。

 それと、最近になってようやくテレビやパソコンなどの文明が一般の生活にまで入ってきたようだけど、基本的にはココの人達のライフスタイルは何十年、ヘタすると何百年も変わってないような気がする。

 インドの人々の多くは、今も人間が健康に生活出来る最低限のラインを保っている。言いかえれば、必要以上に「無駄なモノ」があまり無い、、、

 それに対し、日本を含めた先進諸国が節操無く追求した結果手にした「快適さ」や「便利さ」が、本当に必要なモノだったのかどうか疑問を感じる・・。

 なぜ、「快適」で「便利」な生活を送ってるハズの人々が、こんなにも日々の活力を失いかけ、生きる事に疲れ果ててしまってるんだろう・・???

 そんな「快適さ」や「便利さ」とは、遠く掛け離れた生活を営んでる人々が持ち合わせていた「生命力」が、多少なりともその鍵を握っているような気がした・・。

 土地・食生活・宗教・その他諸々、いろんな要因あってこそのフルパワーっぷりなんだろうけど、個人的には今後もインド人が持ってるエネルギーには眼を見張るばかりだ、、、

 振り返れば、インドにはこの他にも語り尽くせないほどの姿、特に「人間の姿」があったわけだけど、同時にキツイ事も山ほどあったわけで、ムカつく事なんてのは数知れど、もう腐って捨てるほどあった。。。

 インドを訪れた人は誰しもが、こんな感じで「良い」も「悪い」も全部ひっくるめた「どっちも」を経験をしてきたんじゃないかと思う。

 だけどこの国には、それら全てを包み込み消化しきってしまうだけの包容力と「味わい深さ」が備わっているのも事実。

 この味わい深さは、とてもじゃないけど一言で表しきれるもんじゃない、、、

 そして、うちらはまたしょ〜懲りもなく、、、

 「とびっきり勝手だしムカつく程テキト〜なんだけど、不思議とオモシロイ!!!」

 という、インド人特有の魅惑的味覚の虜になりかけているのも否めない・・。

 これからよりいっそう激しい時代の波が押し寄せようとも、うちらの為にもどうかその「みなぎる生命力」と「憎めないテキト〜さ」までは失わないでいてもらいたい。。。

 

インド人4人後姿


 ナマステ〜インド、、、

 ナマステ〜インド人、、、、、

 OM、SHANTI〜SHANTI〜SHANTI〜、、、、、、



sekaihokkori at 18:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!インド 

2007年07月16日

バラナシという街

 長かったうちらのインドの旅も、この「バラナシ」を最後にようやく幕を閉じる。

 この「バラナシ」という街を一言で表現するなら。

 「濃縮インド汁還元120%バングガンガーラッシー」 とでも言えば良いかな、、、!?

 って、こんなんじゃサッパリ意味分かんないと思うけど、、、、

 とにかく「インドの主成分」が一カ所にギュッと濃縮されたような街だという事を伝えたいです。。。

 特徴をあげだしたらキリがないくらいこの街はネタに欠かないんだけど、まず真っ先に思い浮かぶのはガンジス川沿いに無数に点在するガート(沐浴場)と火葬場かな。

 メディアに登場する「インド」といえば、必ずといって良いほどこのガート周辺の絵が使われるぐらい、もはや「インドの顔」的存在の様子。


 人々は、日の出と共に何処からともなく集まってきては沐浴にいそしみ、そのわずか数百メートル隣りでは、死体を焼いたときに出る黒煙が、昼夜問わずひっきりなしに立ちのぼっている。

 ここバラナシには、人生の最期をこの地で遂げたいと願う人々と、死後に火葬される為に運び込まれてくる死体が、インド中から後を断たないそうだ。

 インドのヒンドゥー教徒にとってガンジス川は全ての源とされており、死後バラナシの火葬場で焼かれガンガーに流されるということは、これまでのカルマ(業)を清められると信じられていて、これは彼らにとって究極の至福を意味する。

 けど、「火葬場」って言っても実際たいした設備があるわけじゃなく、吹きっさらしのコンクリートの上に1〜1.5mぐらいの高さで薪を積み、その上に布でくるんだ死体を乗せて火を付けるという簡素なもの。

 焼く時も日本のように骨になるまで丁寧にやるわけじゃなくて、各々の経済状況によって薪を買える量が違うため、人によっては半焼けのままで川に流されてしまう。 子供とサドゥー(修行者)の死体に限っては「ケガれてない」という理由から焼かずに石を重しにして川底に沈めるのだそうだ。

 おかげで、火葬場より下流を散歩しようものなら嫌でも岸に引っ掛かった死体が視界に入ってくる、、、

 うちらは、たまたまカラスと犬がそれを夢中にむさぼり食っている姿まで拝見してしまっタ・・。

 それでも思った以上にガートの雰囲気は明るく、当初自分らがイメージしてたような、陰湿な雰囲気は全くといって良いほど感じなかった。

 ガートの回りでは、キャッキャとはしゃぎながら川に飛び込んでる子供たちや、クリケットに熱中なっている少年達が無邪気に遊び回っている。

 そのすぐ隣には、風呂代わりで来たついでに洗濯を済ましてる家族が居たり、その後ろではヤギやら犬やらがのびのびと戯れてたりする。

 それはあたかも「休日の昼下がりに近所の河原にでも遊びに来ちゃった??」かのような、のどか〜な景色がそこにはある。

 ただ一つ、目の前に「死体が流れてる」という事を除けばだけど、、、

 自分も、このガンジス川に自らをさらしてこそ初めて「バラナシを知る」ことになるというもんだ!!と意気込んではいたけど、、、

 やっぱり「ヒザまで」でやめときました。。。。

 これからもまだまだ旅は続くんだし、それより何より俺の身体はもう自分一人だけのものじゃないんだ・・。

 なんていうちょっと気恥ずかしい理由を言い訳に、直前で踏みとどまってしまった、、、

 バラナシのガンジス川は、妙に生暖かくてかつヌルっとした触感があり、正直かなりキモチ悪かったです。。。

 リシュケーシュのガンジス川は冷た過ぎで手足がかじかむ程だったから、同じガンジス川でもかなりの温度差だった。

 ついでに、うちらが発ったちょうど1週間後ぐらいに「ガンジス川でバタフライ」というドラマの撮影の為に、TV局のロケ隊がバラナシに来たという情報が入った。

 これは会社を辞めたOLが、その後インドを旅をしたときの経験を綴った紀行が原作になってるんだけど、この本がドラマ化されるとの話。

 この本のタイトルにもなってるように、主人公は実際にここバラナシの「ガンジス川でバタフライ」したようだ。

 どうやらそのヒロインに抜擢されてるのが「長澤まさみ」らしい。。。

 「長澤まさみっていえば「世界の中心で愛を叫ぶ」で坊主頭にしちゃった娘だよね・・。」

 「それなら本当にやりかねないね・・。」

 うちらの間ではこんな会話が飛び交っていた。 しかも本では、泳いでる最中に人にぶつかってしまったので謝ったら実は死体だった、というオチまである。

 どこまで再現するつもりかわかんないけど、仮に「長澤まさみ」自身、本当にここで泳いだとしたらそれだけでじゅうぶん尊敬に値すると思う。

 実際この川を目の当たりにしてる身としては、役の為だけにそこまで出来るような女優だったら、もう無条件に応援してあげたくなっちゃうな、、、

 これについて、その後の経過を知ってる人がいたらぜひとも教えてください。。。

 話を戻して、毎晩7時ごろになると各ガートではプジャー(祈りの儀式)が執り行われる。

 うちらは一番大きいガートのものを観に行ったんだけど、それはそれは盛大なものだった。


 2、3百人規模で集まった人々がガンジス川に向かっていっせいに祈りの歌を捧げ、最前列では火のついた灯籠のようなものを持った数人の代表が、決まった手順にならい慎重に式を進めていく。

 回りにはちょっとした屋台まで現れ、その他にも物売りの子供達やら、チャイを持ったオヤジ達がその辺の観客に手当たり次第声をかけまわっている。

 これらを2時間近くかけて毎晩行なっているのだ。 個人的に驚いたのは「えっ、これを毎晩やってるの!?」という事。

 日本だったら、この規模のお祭り的なモノは年に数回もやれば十分だろう、といったレベルのものを「毎晩」やってるんだからこれには呆れるほかない、、、

 続いて、このガート周辺に広がってる古い街並みがまたスゴイのなんの・・。

 この辺りの旧市街には、一体何年経ってるんだか分からないような数階建のボロい建物が所狭しと密集していて、その間を幅2〜3mしかない細い路地がクモの巣のように張り巡らされている。

 その、たった2〜3mほどしかない路地沿いに、商店や食い物屋が建ち並び、そこを牛やらヤギやら犬やらバイクやらチャリやら人間やらが、ゴミと排泄物にまみれながらひっきりなしに往来している。。。

 油断してると真剣に迷子になって、元いた場所に戻れなくなる。そのうえ1日2〜3回は停電するし、その間暑くて死にそうになるし、雨が降ると道が川みたいに浸水してドロドロになるし、、、

 こんな状態が公然とまかり通ってるような街は他にドコ探したって見つからないんじゃい・・???ってぐらいもう笑えるスゴさだ。。。

 ここでの宿は、旅の途中で知り合った日本人に紹介してもらった「OMレストハウス」という宿に泊まってたんだけど、これがなかなかどうして良いトコでした〜♪

  オーナーの「OMさん」を初め、きれい好きでやさしい従業員と、メチャクチャ可愛いくて利口な犬「ザラ」、そしてココに集まった何とも個性的で愉快な仲間達のおかげで、うちらは快適かつ刺激的な「バラナシライフ」を存分に満喫する事が出来たのでした。。。

 うちらが泊まった時は、ちょうど宿泊客の殆どを日本人が占めており、1階のソファーでは常に誰かしらの旅情報や他愛もない話が交わされていてとても賑やかだった。

 ここで行動を共にしていた仲間達は、これまでの旅中で最も多く、多い時は総勢10〜15人ぐらいはいたんじゃないかと思う。

 みんなで一緒に飯でも食べにいこうものなら、一件の店では収まり切らないぐらいの大所帯になってしまうことも度々あった。

 みんな住んでる場所も違えば、年齢や性別もバラバラだったけど、無論楽しむのにそんなのモノ関係ない!!ここでは気の合う仲間たちとひとしきりワイワイし合った♪♪♪

 ここバラナシは日本人と韓国人に特に人気が高いようで、他の地域に比べると比較的欧米人の姿が少なかった気がする。

 思うに、欧米人にとっていくら何でもこの環境は耐え難いんじゃ・・。

 そのため観光客相手の食堂には、かなりの確率で日本食と韓国食メニューが存在する。

 「カツ丼、親子丼、中華丼、キムチ丼、天ぷら定食、お好み焼き、ラーメン、冷やし中華、野菜炒め定食、焼き肉定食、ゴーヤチャンプル、チゲ鍋、卵おじや、オムライス、等など・・。」

 メニューだけ見ると日本の定食屋も真っ青だ。。。

 だけど、いくらインド料理に飽き飽きしてたからって、安易に期待をよせたうちらも甘かった・・。

 大阪で2年修行を積んだというコックの店で、当然の如く薦められた「大阪風お好み焼き」を食べたときのショックは今でも忘れられない。。。

 期待を胸におもむろに口へ運んだ黄色い物体は、自分が知っていたハズの「お好み焼き」とは遥か掛け離れたシロモノだったのだ、、、

 そのくせ、店主がすぐさま「どうだウマイか?ウマイのか?」って感じで、無責任面して聞いてくる。

 「う、うん、ウマイょ。。。」と、頑張って返してみたものの、この時のテンションの下がり具合はどうしたって隠し切れなかったハズだ・・。

 中にはかなり本物に近い味を出す店もあるにはあるけど、この辺の日本食はあくまで日本「風」ってだけで、実際は全く別の食べ物だと思っておいた方が身の為だ、という事に後から気づいた。

 それと、これだけの人数が揃えば自然と「酒でも飲もうか?」という話にもなる。

 一度、皆でビールを買いに行ったことがあった。 しかし、ここバラナシは聖地だけあって例に漏れず酒に関してはそうとう厳しい法律があるらしい。

 詳しい人によると、この近くにある「ゴールデンテンプル」という寺から2km以上離れないと酒を販売したり飲んではいけないらしいのだ。

 これが見つかると店側が営業停止処分を受けるようで、どうやらうちらが泊まってる「OMレストハウス」も最近警察に目を付けられているという話。

 そんな状況のなか、密かに教えてもらった遠方の酒屋まで6人揃ってぞろぞろ買い出しに出掛けた。 で、なんとかビールをゲットしたまでは良いけど、次は飲む場所が見当たらない、、、

 「宿に持って帰っても、結局OMさんに迷惑かける事になっちゃうし・・。」

 「それなら、ガンジス川沿いガートの隅っこでこっそり飲んじゃう???」

 なんていう案もあったけど、結局それはここで最も”やってはイケナイ事”の一つなんじゃないか?という結論に至った。

 せっかく冷えたヤツをプラス料金払わされて買ったからには、早く飲みたいのはみんな同じ。

 「1本だけだし、もうその辺で飲んじゃおっか???」 というある種開き直りがそのうち生まれ、結局それでいくことなった。

 「シュポンッ、シュポンッ、カンパ〜イッ♪♪♪」 こうして、名も無い裏路地での楽しい宴会が始まった、、、、

 かのように思えたのも束の間、すぐに複数の視線がうちらをロックオンしている事に気が付いた。

 ものの数分も経たないうちに、うちらの回りには15人〜20人ぐらいの地元民の人だかりが出来てしまい、まるで動物園の動物状態になってしまった・・。

 「この辺りじゃ外国人はそんなに珍しいのか???」

 「それとも道端で酒を飲んでるのが、よっぽどオカシイのか???」

 どちらの理由もあるんだろうけど、一つ言えるのはうちらに浴びせられてる視線は、明らかに怪しい者を見つめる冷ややかなモノを含んでる。

 ふと頭上に目をやると、ビルの屋上やら窓とかから身をのりだして覗いてる奴までかなりの人数いるし、、、

 「そんなこといったって酒屋がすぐそこにあるんだし、酒買ってるインド人だって結構いたクセに・・。」

 そう思いながらも、さすがにこの状況に気まずさを感じた一同は、コソコソ飲んでいたビールを一気に飲み干し足早にその場を退散した。

 こんなにもスリリングかつ罪悪感を感じながら飲んだ酒は、過去にも先にもこれが初めて、、、

 話のネタにはなったけど、こんな思いはこれっきりでもう十分です。。。

 それだけ「バラナシ」で酒を飲むというのはムズカシイ事なんだけど、その後一件だけビールを出してくれるレストランを発見した。

 他の客に聞こえないよう小さな声でヒソヒソ注文すると、黒いザックを小脇に抱えた若い店員が現れ、勇敢にも酒屋まで調達に行ってきてくれる。

 けど、時間がかかるうえに飲む時もいちいち面倒だ、、、

 冷えてるかどうかなんてのは二の次で、まずビールとバレないように、いったんビンからスチール製のピッチャーに移し替えた後に初めてグラスへ注ぐ。

 さらにグラスの中も見えないようにするため、グラスの表面を常にナフキンで覆ってなければならないのだ。

 これも結局ナフキンが水滴で濡れちゃうと中は丸見えなんだけど・・。

 ただビールを飲むってだけでもこんなに面倒な思いをしなければならなかった訳だけど、そんな不便さを乗り越えた後に皆で酌み交わす酒のウマさは、普段よりいっそう際立っていたように感じました。。。

 他には習い事なんかも盛んで、タブラー(太鼓)やフルート、シタール(弦楽器)からヨガや瞑想まで、様々な教室が至る所で開かれている。

 これを目当てにやってくる海外からの旅行者の数も少なくないようだ。

 ま〜こんな感じでここには10日ぐらい居たんだけど、とにかく「バラナシ」は、旅人を飽きさせない刺激と出会いに富んだ街でした。

 「生と死が向かい合わせの場所、聖と俗が混然一体となって同居してる街」

  ありきたりだけど、こんな表現が一番しっくりくる。

 クリケットをして遊んでた少年達が、川岸に引っ掛かった死体のそばにボールを落としてしまった時に見せた”やっちゃった〜”というような、くったくのない笑みが今でも忘れられない、、、

 この少年の表情が、この街の在り方を物語っているような気がした。

 日本にいる時は「死」を意識する、なんていう機会はそう頻繁にはなかった。 もしくは「死」を意識させれらるようなモノが身近に少なかった、と言うほうが正しいのかもしれない。

 テレビや新聞によって日々垂れ流しにされているニュースは、何処かよそよそしく現実味に欠ける。

 身近で誰かが亡くなれば、その時だけは思い出したように「死」を見つめてはみるけど、それも長くは続かない。

 ひょっとするとあまり直視したくないからって、オブラートにでも包んで意識の隅っこの方にしまい込んでしまってるのかもしれない。

 「人は死を意識して初めて、生きるという事に真剣になれる」

 いったい誰の言葉か分からないけど、不意にこんなセリフが頭に浮かんだ。

 常に「死」と向かい合わせで生活を送っているバラナシの人々。

 しかし、ここには「死」に対してのネガティブな悲壮感みたいなモノは殆ど見られなかった。

 むしろその表情の奥には、ある種すがすがしいまでの「潔さ」すら感じた。

 それは、ガンジス川やヒンドゥー教に対する信仰の賜物なのかもしれない。

 仮にそうだとしても、「死」という誰しも避けては通れない現実から、眼をそらしたまま生きている自分よりかは、少なからず本当の意味での「生」を見すえている気がする。

 ふと、一人ガートに座りながらそんな事を考えていた。

 ま〜そんなにシリアスにならずとも、バラナシには他にも魅力はいっぱいある。

 しかし、「死」を通して「生」を見つめ直すという、人間の最も本質的な部分を探る作業もまた、大きな魅力の一つだろう。

 インドには様々な趣の街があったけど、うちらにとって「バラナシ」は、長かったインドの旅を締めくくるのにまさにうってつけの地だったと思う。

 また来る日まで、さよならインド!!!



sekaihokkori at 02:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!インド 

2007年07月10日

いつもありがとう!!!

突然ですが、このブログを観てくれている人&コメントまでしてくれている人達へ、、、、

 

 「いつもありがとう!!!」

 

 と、言葉(文字)にして伝えたくなりました。。。

 実はこの「ブログ」っていうのは、相手の顔は見えないし、自分の言いたいコトは一方通行だしで、結構寂しかったりするんです・・。

 そんななか、どこでモチベーションを保ってるかというと「コメントの有無」だったり「昨日は○人も観てくれたぞ〜♪」とか、そんな部分だったりします。。。

 特にコメントをくれてる人は、出来ることなら一人一人に返事を返したいんですが、現実それも厳しいので、この機会にこういった形で感謝を伝えられればと思います。

 そして、これからも一方的ではありますけど「実際に感じた事」や「伝えたい事」を中心に、だいぶ身勝手な記事ばかりを厳選せずにお届けしていきたいと思ってますので、どうか懲りずにお付き合い下さい。

 なお、”観光名所などのガイドブックでも調べられるようなトコ”に関しては、既に自分らの興味が薄れつつあるのと、”ありきたり”な内容になってしまい書いてて”ツマラナイ”という理由から、これからはあまり記事にならないと思われますので、どうか悪しからず。。。

 そんな「世界ほっこり紀行」ではありますが、これからもど〜ぞよろしくお願いします!!!


 ※今更ですが「ほっこり」の意味とは、、!?

 京都弁で「ほっとする」とか「ほんわかする」というような、和みを表わす柔らかいニュアンスをもった言葉で、「世界中のほっこりを肌で感じたい!」という野望のもと命名。

間違っても「もっこり」とは呼ばないよう注意。。。



sekaihokkori at 23:13|PermalinkComments(6)TrackBack(0)clip!インド 

2007年07月07日

インド人は商売上手???

どうやら、インド人は世界の中でも「商売上手」な人種と言われてるらしい・・。

 確かに「ボッタクリ具合」だけでいえば、世界トップクラスに入っててもおかしくないと思うけど。。。


 実際、インドで売ってる物といえば定価はあって無いようなもので、大概は「オヤジの気分」に左右されてしまってるのが現状だ・・。


 今回は、うちらがインドを4カ月旅した間に培った「インドでの上手な買い物」のコツのようなものを、勝手に皆さんへ伝授したいと思います。


 まず、インドで上手な買い物をしようと思ったら、その地域で売ってる物の「相場」をおおよそ掴んでおく事が何よりも重要です!!


 インドはとても広いので「ミネラルウォーター」一つとっても場所によって値段が違ったりしてるんです。


 相場を知らずにいくらボラれまいと頑張ってみたところで、結局は自分に基準がない為に、良いようにインドオヤジに言いくるめられてしまうのがオチでしょう。


 相場を知るのに一番手っ取り早いのが「自分の足で手当たり次第店を回る」という方法。


 当たり前過ぎるほど単純だけど、これが基本中の基本です。


 何といっても一番確実だし、何より自力で安い店を見つけたときの喜びはひとしおでもある。。。


 他には、直接地元の人に聞くっていうのもかなり参考になるけど、一部では「ローカルプライス」と「ツーリストプライス」なるものが存在するので、一概に同じという訳にはいかないようだ・・。


 だからといって、その辺にいる旅行者に聞いたところで既にふっかけられてるケースも多いので、あくまで参考程度に、、、


 ただし、ベテラン旅行者に限ってはかなりマニアックな丸得情報を保持してる時があるので、これにありつけた時は大いに活用すべき。


 そして実際の買い物は、いくらすぐ欲しい物があったとしても、これらの情報がある程度集まってから初めて挑んだ方が良いでしょう。


 この「相場」を把握してないが為に、自分では「よ〜し、頑張って値切ったぞ〜!」と思ってても、実際の所は底値の2倍3倍で買ってしまってる、という事が多々あるので、、、


 この差は短期の旅だったら大した額にならなくても、うちらみたいに4カ月ともなると最終的に結構な額になってしまうのだ。


 さらにこれら「相場」の把握は、何も店での買い物に限った話だけじゃなく、宿やリクシャーの交渉から屋台等での食事に至るまで、「インドでの生活の全て」に必要になってくる手間なんです。


 これを面倒臭がり、言われるままの「言い値」で払ってしまった日には、もうその瞬間からオヤジの思う壷でしょう、、、


 甘い蜜に味をしめたオヤジは、次の旅行者を見るやいなや、5倍だろうと10倍だろうとすました顔してボッタクろうとします・・。


 タクシーやリクシャーを筆頭に、衣類、アクセサリー、土産物の類いは特にヒドイ、、、


 後から来る旅行者の為にも、この「交渉する手間」を惜しまず、相手に「無駄に儲けさせない」努力を怠らない事はとても肝心でしょう。。。


 インドではそもそも「定価」という概念が薄いため、客が納得した額がそのまま商品の価格になるのが当たり前です。


 そのため、インドのオヤジ達はウソだろうと何だろうと使えるものはフル活用し、常日頃からありとあらゆる口説き文句に磨きをかけている様子・・。


 そして客という獲物が近づくなり、その話術を巧みに駆使し出来る限り高い金を払わせようと、血相変えて必死に食らいついてきます。


 もし、少しでも安く何かを買おうと思ったならば、このオヤジの攻撃をはねのけ、更に折れさせる事が出来なければその夢は叶わないでしょう。


 オヤジに何を言われても、こっちも「ビタ一文引かず」強引に相手を折れさせるっていうのも、これはこれで一つの手法。


 しかし、こっちから「折れる口実」を与えてあげるほうがより効果的だという事に、うちらも交渉を繰り返すうち次第に分かってきた。


 実は、オヤジが欲しかったのはその「口実」だったようだ、、、


 ここが最大のポイントなんだけど、逆に言えば「オヤジが納得する口実さえあれば交渉はたやすい」という事。


 インド人は物事を理屈で考えるのが好きな為か、強引に脅してでも売りつける、というやり方はあまりしてこない。


 あくまで口で納得させたうえ、相手自らの意志で金を払わせようと仕向けるのが「インド流商売の美学」みたいなモノなんじゃないかと思う。


 その為、よく言われてるような「釣銭をごまかす」といった行為も実際はあんまり見られなかった。


 そこで、うちらはこれを逆手にとって


「口実を与えて理屈を通しさえすれば、いとも簡単にこの勝負に勝つ事が出来る」


という流れを見つけ出す事が出来たのでした。。。


 さらに、その見返りとして驚くほど安い額で譲歩してくれるという事も、、、


 具体的には「他の店でいくらだったから」と言うだけでも十分ハッキリした理由になるし、「ここが汚れてるから」とか「ほつれてるから」なんてのも結構使える。


 それと「○個まとめて買うから」とか「○日連泊するから」というような文句は必須で、他には品物をじっくりチェックした上で「このクオリティーだったら俺はこれしか払えない」とか「ハネムーンなんだからスペシャルプライスで良いでしょ!?」なんて訴えるのもかなり効果的だった。。。


 ようはどんな口実であれそれが多少強引であったとしても、相手に値引きせざるをえない理由を与えてあげさえすれば、思いの外すんなりと話はまとまってしまうのだ。


 ただし、これには一つ注意しなければならない点がある・・。


 さっきから「オヤジ」と限定してるように、実は「オバチャン」にはこの手が通用しないという事、、、


 たぶん、インドのオバチャンにとって「理屈」だとか「商売の美学」なんていう、生活の足しにもならないようなモノはど〜でも良いんだろう・・。


 実際、うちらも何度かオバチャン独特の強引なペースに飲まれてしまった事があった。


 何を言ってもまったく耳を貸さないオバチャンもいれば、まだ買うとも決めて無いのに問答無用で袋に詰め初めるオバチャンもいる、、、


 値引きうんぬんっていうより、ほとんど交渉以前の問題だ・・。


 さらに、インドの「オバチャン」の威圧感は、たいがい「オヤジ」のそれとは比べ物にならない、、、


 そのせいか、かなり乱暴なやり方をされたとしてもどいういうわけか「ま、、しょ〜がないか。。。」というような気にさせられてしまうのだ。


 これらの教訓から、うちらはオバチャンが店番をしてるようなトコは次第に避けるようになってしまった。


 ひょっとするとインドの「オバチャン」攻略法もあったりするのかもしれないけど、今回それに関しては発見に至りませんでした、、、


 インドでの買い物はよく「難しい」とか「危ない」とか言われてるけど、実際慣れてしまえばなんて事はないです。


 インドと言わず、交渉での買い物がメインの国であれば何処でも、これらの応用が効くと思います。


 かけ引きに慣れてくると、逆に面白味さえ感じれるほどなので、皆さんも機会があったらぜひ面倒臭がらずに挑戦してみて下さい。


 成功した時の達成感は何ともいえず、何気にハマる可能性大です。。。


 ただし「オバチャン」の商人魂だけは何処の国へ行っても変わらないと思うので、それだけは忘れずに・・。


 これら「買い物」の際に発生する一連の手間は、ときに面倒臭くも感じるんだけど、今思うとコレのお陰で地元の人とのコミュニケーションが頻繁に取れていたように思う。


 今いるヨーロッパのように「値札の付いた商品をただレジへ持っていくだけ」の買い物に、何か味気無さを感じるようになってしまった、どっぷりアジアンな二人でした。。。



sekaihokkori at 23:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!インド