2008年05月21日
インカ帝国の中心クスコ
ここ「クスコ」は1532年にスペイン軍の侵略を受けるまでは、インカ帝国の首都にあたる文化の中心だった所。
今でも至るところにインカ帝国時代の名残は残っていて、植民地後のコロニアルな建物の土台部分にインカ帝国時代の石組みが使われていたりと、特にその建築様式に異文化の融和がみられる。
左の写真に写る石組みに使われてる石は、通称「12角の石」と言われているモノ。
写真で見ても分かる通り、本当に角が12コもある。
これはインカ帝国時代に造られた石組みだそうだが、こんな巨大な一枚岩を機械も使わず削り上げ、それを「カミソリの歯一枚すら通さない」と言われるほど緻密に積みあげたんだっていうんだから、その技術と根気は素人目にみてもただ事じゃないのが判る、、、
滞在中、かなり大きな地元のお祭りが開催された。(写真下)
キリスト教にまつわる人物の人形を、大勢で御輿のようにして担ぎながら町を練り歩くのだが、それ以外にも土着の信仰と関係あると思われるヘンテコな被り物や民族衣装をまとったグループも多数出現した。
町の一角では大量の屋台が出てるエリアがあって、地元の人はそこで思い思いにお酒を飲みつつ食事を楽しんでいるのだが、よく見てみると何処で出されてるのも同じような料理だった。
これは「クイ」という大ねずみの丸焼きと、鳥やブタの内蔵やら海草と魚の卵?のような得たいの知れない数々の盛り合わせだそうだ。。。(写真下)
せっかくだからとうちらもトライしてみたけど、どれも独特の匂いとクセがあって、お世辞にもウマイといえるようなシロモノじゃなかった。。。
地元ではこれらの料理をこのお祭りの時に食べる習わしがあるとのことだったが、まぁ日本でいう正月のおせち料理みたいなものかと・・。
スペイン侵略後に造られたレトロなコロニアル調の建物と、インカ帝国時代からの民族文化が混然とミックスされた町並み。
それが、ウットリするほど趣があって、毎度町に出るたび「やっぱり良いな〜ウンウン・・・」と、頷いてしまうほどだった。。。
ここクスコは、特にゆりが完全にメロメロとなってしまったうちらお気に入りの印象深い町の一つとなりました。
(写真上)丘の上から眺めたクスコ市街の全景。背後の山の斜面に刻まれたEL PERUという文字が象徴的。
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この記事へのコメント
パーティーご一緒できてとても楽しかったです。
ありがとうございます。
ぼくはあと3日で日本に帰国します。
としさん、ゆりさんも帰国したら、今度は日本で波乗り
しましょー。
ではでは、体に気をつけて引き続き良い旅を。。。
こちらこそありがとう!!
悪いんだけど連絡先をもう一度教えてくれるかな!?
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公開はされないから。よろしく☆
> パンガンでお会いしました、千葉の洋平です。
> パーティーご一緒できてとても楽しかったです。
> ありがとうございます。
> ぼくはあと3日で日本に帰国します。
> としさん、ゆりさんも帰国したら、今度は日本で波乗り
> しましょー。
> ではでは、体に気をつけて引き続き良い旅を。。。
あっ、いま携帯のメールアドレスしかないので、とりあえずそれでお願いします。
ブログ楽しく読ませてもらってます。
お二人とも体調はどうですか??
体には十分気をつけて☆
千葉の海は、やっとグローブが要らなくなりましたよ
http://ameblo.jp/pe-yangu/
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特に面白い記事はないですが
暇な時。
良かったら覗いてやって下さい