モロッコ

2007年10月08日

モロッコに完敗!!


 スペインのアルヘシラス港からフェリーに乗って約3時間ほどで、アフリカ大陸北西に位置するモロッコのタンジェ港へと辿り着いた。

  

 これがうちらにとって初めての船での国境越えとなる。イミグレでは心配していた程の面倒もなく、案外すんなり入国する事が出来た。

 しかし、この時点ではモロッコについてのガイドブックや情報などを殆ど持ち合わせておらず、「ま〜着いてから何とかなるだろっ。。」なんていう安易な心持ちでいた。

 その甲斐あってか、うちらは運悪く(良く?)も「ラマダン」という断食月にこの国を訪れてしまっていたようだった、、、

 この「ラマダン」というものは、イスラム教の柱となっている5つの戒律のうちの一つで、「太陽暦で9月にあたる1カ月の期間は太陽が出ている間の飲食、飲酒、喫煙、性交の一切を禁じる」というもの。

 噂によるとラマダン中のイスラム教徒というのは、そのストレスのせいで普段よりだいぶキレっぱやくなるらしいのだ・・。

 うちらにしてもそんなモノは見るのも聞くのも全く初めてで、それが一体何を意味するのかさえよくわからないまま港を後にすることになった。

 

 この国の人々の暮らしぶりは例えるなら「牛のいないインド」のよう、、、 スペインから来ると俄然調子がくるってしまうほど街の雰囲気はガラっと変わり、土産物屋や飯屋のオヤジ達もインドに負けず劣らず図太く厚かましい、、、

 案の定、町中で日中開いている飯屋は極端に少ない。そのうえ、この期間中は海外の旅行者といえども人前での飲食は控えなければならない様子だった。

 確かに「郷に入りては郷に従え」とは言うけれど、アッラーに特別思い入れがあるわけでもないうちらにとって、これはかなりツライ仕打ちだった、、、

 中には朝から開いてる店もあるけど、そういう店は大概ツーリスト向けで当然値段も高い。パン屋だけはかろうじて普通に開いていたので、朝と昼はパンでしのぎ、夕食は地元の人と同じように断食の終了を告げる合図を待ってから食べた。

  

 地元の人はさらに夜明け直前にもう一度食事をとるため、ラマダン中は昼夜が逆転してしまうので仕事があまり出来なくなるらしい。。。 

  

 フェズという町の旧市街は、約9千という細い網の目のような路地で形成されており、その巨大迷路を思わせるような複雑な入り組み様は、国が認可した専門のガイドまで存在する程。それは、インドの「バラナシ」をも遥かに上回るスケールだ。

 町をぷらついていると、何処からともなく現れては声を掛けてくる輩が多いのに気づく。特にこの「フェズ」の旧市街周辺でたかってきた、通称「ガイド」と呼ばれる連中は酷い、、、

 一体どこでそんなに覚えたのか??というほど巧みに日本語を駆使し、初めはいかにも親切そうな人を装い旅行者に近づいてくる。で、長い前振りの末、結局最後はボッタクリのカモにされてしまうのだ。

 手口としては、地元の宿やレストランや土産物屋などを善意のように案内しだし、地元の人があまり英語を喋れないのを良いことに強引に客と金額交渉し始めるのだが、その値段にはきっちりガイドのコミッション(仲介料)が含まれている。

 中にはうちらが店に入ろうと思った途端、すばやく先回りし、店側にはあたかも自分が連れて来た客のように仕向ける輩までいる・・。旧市街を歩いてると、こんな連中が次から次へと引っ切りなしに声を掛けてくるからそれはもうウッと〜しいったらありゃしなかった、、

 しかも、相手にしないと今度は勝手に逆切れしだして、暴言吐いてくる奴までいた・・。

 「ニホンジンはイイヤツなのにオマエはワルイニホンジンだ!!」 とか、、、

 「オマエラニホンジンよりチャイニーズの方がマシだ!!」 とか、、、

 「オマエはヤクザだ!!!」 などなど、、、

 ”ヤクザ”なんていう単語が頻発する国はココが初めて。声を掛けてきたモロッコ人は何故か、この”ヤクザ”という単語だけは知っているようだった。

 思うに、彼らがまるで”ヤクザ”のような商売をするので、日本人旅行者から頻繁に呼ばれてるうちに広まってったんじゃないかと。。。

 この時一緒だった日本人の「タロー君」は、仲良くなったハズ!?の男から教えてもらった床屋にて100DH(1500円)で髪を切った。しかし、それを宿の息子に話したら、そんなの10DH(150円)もあれば切れるから、、、(ぷぷぷっ)と笑い飛ばされたそうな。。。

 この人の良心につけ入るようなやり方が、自分的にはいかんせん”カワイク”なかった、、、殆どが親切とは名ばかりの「善意の押し売り」で、個人的にはここまで気持ちの良くない連中に会ったのは旅に出てから初めて、、、

 それ以外にも、いい大人が時間も場所もまるでお構いなしで本気でケンカしてる姿を毎日のように目にしたし、、、

 日中食べれないからって夜明け前に食い貯めしてたらあんまり意味無いと思うし、、、

 女性一人でいると、この国の男共の”セクハラ”は超一級品だし、、、

 ボッタクリが半端じゃなくて、買い物するのはイチイチ面倒だし、、、

 う〜ん、、、、、モロッコ人って一体、、、、、、、???

 と、、、いつの間にかモロッコ人に対するネガティブな意見ばかりになってしまったけど、 あくまで普段の彼らを見ていないので、どこまでが「ラマダン」の影響によるものなのかは正直分からないです、、、

 ま〜人はともかくとして、そんなストレスをも打ち消してしてくれるぐらいの魅力をモロッコはしっかりと持っていてくれてました☆☆☆

  

     

 サハラ砂漠のど真ん中、うちら二人以外にはキャメルマンとラクダ二匹だけで、とびっきり贅沢な一夜を満点の星の下で過ごした。

      

 ここ「アイドベンハッドゥ」は、映画「ハムナプトラ2」の撮影で使われたいにしえの街。今でも最後まで残った数世帯が実際に生活を営んでいる。

  

 ラマダン期間中は毎日がお祭り騒ぎ。日没後、普段より豪華な食事をとった後は屋台が立ち並ぶ街へと再びくり出す。皆、これといって特に何をしてるようにも見えないけれど、このドンチャン騒ぎは深夜まで続く、、、

  

  

 個人的に特に印象に残ったモノ。それは、この国の随所に散りばめられた「色」。周りが砂漠ばかりで色があまり無いせいか、その「色」使いといい、「色」栄えといい、これにはただただうっとりさせられるばかりだった。。。

 うちらにとってこれが初めてのアフリカ大陸だったが、スペインから近いという事もあって多少油断していた部分もあった。それゆえ、良い意味でも悪い意味でも、うちら二人は完膚なきまでモロッコに叩きのめされてしまったようだ、、、

 このリベンジを果たせる時は、いつかやって来るのだろうか、、、(苦笑)))



sekaihokkori at 06:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!