エチオピア
January 14, 2008
エチオピア脱出計画
アルバミンチという町から、多数の民族が集まるといわれているジンカという村へ行く途中だった。
火曜と土曜に行われるジンカのマーケットには、周辺に住んでいる先住民族が物を売りに集まってくるのだ。そこでは、きっと皆さんもTVで見たことある「下唇に木の皿を入れたムルシ族」などのほか、多数の民族が実際目のあたりにできるという話だった。
その日は朝4時に起き、5時前にはターミナルに到着。 ゆりが必死の思いで確保してくれたゲロ臭いシートにゆられること4時間。。。
途中「コンソ」という町で小休憩してたときのローカルの一言でそれは決定的となった、、、
「今からジンカに何しに行くの?」
「マーケットだけど・・!?」
「マーケットは土曜だよ、、」
「えっ火曜もあるんじゃないの!?」
「ないよ、、」
「。。。。。」
マーケットは土曜の他に火曜もあると聞いていたので、うちらは何とかそれに間に合うように向かっていたのだったが、、、
この一言によって即座にジンカ行きをあきらめたうちらは、その場ですぐにバスを降りることにした。どうせなら、とそこに1泊してこうかと思ったが、よくよく調べるとココは隣町までの交通手段が週2回しかないようなとても辺鄙な村。
慌てて、たまたま声をかけて来た若者に移動手段がないか聞いてみる、、、
すると、、、
「ちょうど今からモヤレ(国境)まで行くトラックが一台あるから、それなら今日中に間に合うよ!」という事だった。
うちらにしてもジンカ行きが無くなった今、もうこんなシンドい国は一刻も早く脱出したいところ。
「料金は二人でUS25ドル・・・えっ、、、25ドル???」
この国の物価からしたら相当高い額がラストプライスだったけど、疲労からくる面倒臭さがどうしても先行してしまい、結局最後はコッチが折れることに、、、
一体どんな車が来るのかと思いきや、やってきたのは“ボロいトラック”の荷台に、さらにボロい”カローラワゴン”が積まれているという、人を乗せるには何とも風変わりなスタイルだったのだ。
「ハぁ〜、、コイツらが仕切りにトラックなのに“快適”だの“リクライニング”だのと、意味のわかんない事を言ってたのは、この荷台のワゴンに乗れって事だったんだなぁ、、、」
ま〜情けないスタイルではあるが、エチオピアのバスに比べたらオンボロとはいえ、カローラワゴンのシートの乗り心地というのは“極楽”に思えるものだった。
しかし、うちらだけのプライベートという約束にもかかわらず、途中から5人ぐらいの人間を後部座席に詰め込んできた。
で、例のごとく暑いからと“窓を開けようとする”とやっぱり怒るのだ、、、
「なんでだ!?」とワケを聞いても、ポリスがどうとかよく意味の分からない理由をつけて何とか窓を閉めさせようとするのだった。。。。。
そんな状態でドライブすること7時間、、、ようやくエチオピアとケニアの国境の町「モヤレ」までたどり着いた。
宿は何処もブンナベット(売春宿)で、安いかわりに半端じゃなくチッタナイ・・。
何軒か探したなかでも、まだ1番マシだったトコに決めたが、案の定水が止まっててココでもシャワーは浴びられなかった、、、
でもその夜は、エチオピア最後の晩にと「ぬるいビール」と「インジェラ」をしこたま頂き、ぐっすり眠りにつきましたとさ。。。。。
それにしてもぶっちゃけ、エチオピア人の脳ミソの足り・・(失礼)、、というかうちらとの“思考力の違い”には本気で驚愕してしまった、、、
それを思うと、本当に失礼な話かもしれないけど、、アフリカで唯一植民地支配を免れたというそのワケと、まったく関係ないとも言い切れないんじゃないかという気がしてならない。。。
ココまでくると逆に、どうして同じ人間なのにそれだけの“差”が生まれたのかを知りたい。。。。。
これは“エチオピア人”だけに限った話なのか、、、!???
この差は“教育程度の差”なんていう単純な理由で説明がつくのか、、、!???
それとも、遥か昔から続いてきた“人間の進化”に関ってくる話なのか、、、!???
ま〜結局それも分からず終いで、明日にはこの国を脱出してしまうんだケド。。。。。
あぁ、一体全体ナンだったんだろうなこの国は〜。。。。。?????
(写真左)うちらを見るなり“YOUー!YOUー!YOUー!”を連発し、カメラを向けてもしきりにカンフーの真似ごとしかせず勝手に暴走してた全くもってカワイクナイ子供達。。。
(写真右)町をぷらついてるとまたもや“YOUー!YOUー!YOUー!”と近寄ってきて、何処までもくっついてきたカワイイ子供達。しかし、あまりにも延々とくっついて来た為、最後はコッチが心配になって親を探し回るハメに。。。
January 10, 2008
エチオピアのバス
エチオピアでの移動は、基本的にバス移動がメインとなるのだが、それはそれは壮絶なモノだった・・。
今思い出しただけでも気分が悪くなってくる程だ、、、
ということで、今回はそのワケを一つずつお伝えしていこうと思います。
まずはバスの車体から、、、
エチオピアのバスは、殆どが一体いつ作られたかさえ判別出来ない程のボロに加え、シートの幅が「コレ完全に設計ミスだろ???」ってぐらいの狭さだった。
三人掛けのベンチシートに三人座っちゃうと端の人の尻は半分しか乗らないし、二人掛けのシートなら”ギュ〜ギュ〜”に密着して座って、なんとか座れてるのかな、、っていうレベル。
これは決して大柄の人の話じゃなくて、小柄で痩せてるエチオピア人が詰めて座ってもこんな状態なのだ・・。
もちろんリクラインニグなんてものもなく、座面はクッションがつぶれて硬いうえに、背もたれもほぼ垂直ときてる。
しかし、それより何よりエチオピアのバスは、車内がどんなに暑くたって窓を開けられないというのがツライ、、、
これは別に窓が壊れて開かないわけでも、元から開かない設計になってるというわけでもない、、、
開く窓はちゃんとついてるのに、単純にそれを開けてはならないのだ、、、
ナゼかというと、、、
「悪霊が入るから・・・・」
これは笑い話じゃなくて、ホントにホントの話。。。
それでも、子供や若い子なんかは暑さに耐え切れなくなって時々開けちゃうのだが、すぐさま後ろから年配者の手が伸び”ピシャッ”と閉められた後「バカモン!!」と一喝させられてしまうのだ。
噂には聞いていたけど、正直このご時世に本気でそんな事を信じてるワケ無いだろと、半分冗談ぐらいにしか思ってなかった。
だがしかし、実際のエチオピアでは確かにいまだ信じられている迷信なのだった。
道路の舗装もしごく当然のようにされてなく、走行中は終始、、、
”ガッタンッ×ボッコンッ×ガッタン×ボッコンッ”
「おりャーコレでもかっ、、」ってぐらい、それはそれは縦横斜めに揺れる揺れる、、、
さてここで問題です、窓を閉めきった汗と油の臭いが充満したクソ暑い車内で、こんな状態がしばらく続くと人は一体どうなっちゃうでしょう・・!?
そうです、車酔いです・・・・。
加えて地元の人は日頃からあまり車に乗り慣れてないとみえ、バスが出発して2〜3時間も経てば、ざっと半分ぐらい人が気持ち悪そ〜な表情を浮かべつつ頭をうなだれ始めます。
そこまでくると後は時間の問題で、次第に何処からともなく「ゲェ〜、、ゲェ〜、、、、」という声がこだましてきて、と同時に車内にはあの「かほり」が立ちこめてくるのです。。。
だが、それでも窓を開けないあたりがさすがエチオピア人。。。
一度、「足元がやけにヌルつくな〜、、、」と思っていたら、後ろで吐いた人のゲロが流れ出し、足元に置いといたデイパックに”べっちょり”ついてたなんて事もあった、、、
その時は「えェ〜イ、もうどうにでもなってしまえー!」って感じでさほど気にはならなかったが、今思えば、あまりの苛酷さで軽く思考回路が壊れてたんだと思う。。。
想像してみて下さい、、、
もうろうとする暑さのなか”ガッタガタ”に揺れる”ボロッボロ”のバスで”ギュ〜ギュ〜”の”ゲェ〜ゲェ〜”なのに窓も開けられないという状況を、、、
きっと、想像だけで十分なツラさがお分かり戴けたことでしょう。。。
しかし、エチオピアのバスの苛酷さはこれだけにとどまりません。。。
お次は出発時間と席の確保、、、
エチオピアのバスは出発が早い!っていうか殆ど朝しかないっ!!
よほど近い場合以外は1日1本、田舎だと1週間にたった2本しかない、なんてトコもあった。
たいがい朝の5時とか6時にターミナルから出発するんだけど、どうしても確実に乗りたければまだ星が見えるうちからターミナルの外でスタンバってなきゃならない。
けどそんなに早くても、ゲートの前にはかなりの人数の地元民がすでに集結しているのだ。
暗闇の中で見る黒人の顔ってのは、白い目と歯だけがギョロっと光り、たまにそれが同時にこちらへ向いてたりするからけっこう恐い。。。
ゲートオープンの時間になると、それがスタートの合図となり、みんな一斉に全力でダ〜ッシュ!!
目指すは自分の目的地行きバスだ!!!
早い話、エチオピアのバスってのは早い者順が基本のようで、遅い者には外国人だろうと年寄りであろうと座る席はないのだった。
一度だけ事前に予約しようと試みたこともあったが、結局ドライバーから直接チケットを買わなければならない為タイミングが合うはずもなく、それも儚く失敗に終わってしまった。
当然ながら、大きいターミナルには同じようなバスが何十台も停まっている。 自分の乗りたいバスが何処に停まってるかなんて事うちらにはサッパリだし、ただでさえ黒人は足が速いのに対し、うちらは20kg以上のバックパックを背負っているというハンデまであるからもう大変だ。。。
さらに、運よくこの席取り合戦に勝ったとしても、次には荷物代の交渉という面倒な仕事が控えている。
エチオピアのバスは、普通ならついてる荷物を入れるスペースなんてものは皆無で、うちらのような大きいバックパックを持ってる人は、別料金を払って屋根の上に積んでもらわないとならないのだ。
まだ暗いうちから並び、やっとの思いで確保したバスの席。何が何でもそのバスに乗りたいと思うのは誰だって同じだろう、、、
その弱みにつけこんでくる性悪なドライバーもたまにいたりして、交渉は思いのほか難航するときがある。
一度、バックパック一つに対し、シートの倍近い額を請求されたことがあったので、”高すぎる!!”と抗議したところ”だったら乗らなくて良い!!!”とあっさり返されてしまった事がある。
その時はこっちも負けじと「そんなに払えるか!!」と時間ギリギリまで粘ったが、最終的に本気で置いてかれそうになったので泣く泣く払ったうえに、荷物は自分で屋根に上げさせられた、という仕打ちを食らったことがある、、、
しかも、荷物には決まった額が定められているわけじゃないようで、人によって値段が違ってたり、中には払わないで済んじゃってる人もいたりするから確かな所はよく分からない。
こんなふざけたバス、、、とてもじゃないけど乗る気しないのがマトモな人の神経だろう。。。
だからといって「何でこんな国来ちゃったんだ???」と後悔したところでもうあとの祭り、、、
すでに交通手段に選択の余地なんてものはない。。。
中途半端に進んでしまったが為に、同じ思いして戻る事を考えると「先に進む」という選択肢しか残されてないうちらだったのだ、、、
ここは現代の常識なんてモンは一切役に立たないエチオピア、、、
Ohhh!!、、、アンビリバボ〜エチオピア!!!
January 08, 2008
エチオピアの食事情
エチオピアを代表する食べ物と言えば、誰が何と言おうとまずこの「インジェラ」が筆頭にあげられるだろう。
この食べ物については、これまでエチオピアに行った事のある人から、散々”マズイ”だの”ヤバイ”だのと聞かされていた、、、
人によっては「見た目はぞうきん味はゲロ。。。」 なんて表現をしちゃうほど、それはそれはマズイ食い物だという・・。
しかし、そこまで言われると、うちらとしては「どれだけマズイんだろう、、?」という怖いモノ見たさもあり、密かにこの噂の料理を食べれる日を心待ちにしてしまってたのだった。。。
エチオピアに入り、うちらにもいよいよその時がやってきたのだったが、これがいざ実際食べてみると、、、
「あれっ!?案外ふつう。。。」
でも、人間の先入観っていうのはホント不思議なもんで、、
初めの一回目は「散々マズイって聞いてたわりには全然イケるじゃんっ。。。☆」 という感じで、わりと食べれたんだけど、、
二回目には「皆が言うほどマズくないにしても、だからってウマイもんではないよなぁ・・。」 となり、
三回目以降になってくると「う〜ん、やっぱキツイかも。。。」
といった感じで、初めの先入観によって、食べるたびに味の印象も変化していった不思議な体験なのでした。。。
蒸しパンのようなふわふわの生地をクレープ状に平べったくしたものに、シチューのような煮込みをかけて食べるのだが、その生地に独特の酸味があるので、それが「ゲロ味」と言われるゆえんのようだ。
上にかけるシチューのようなものは店によってマチマチだが、主に牛やマトンが一般的なようで、大抵ドコの店で食べても油っこい、、、
よって、すぐに胸ヤケがしてくるのだが、そこへ追い打ちをかけるように生地の酸味が襲ってくるので、少しでも腹が膨れてくると「ウプッ、、もうギブアップ。。」という状態になるのだった、、、
地元の人が食べてる一人前は、とてもじゃないけど一人では食べきれなかったので、うちらにとっては二人で一人前の量が丁度良かった。
それでも、場所によってはこの「インジェラ」を食べれるだけまだマシで、田舎へ行くと食事が出来るレストランが極端に少なくなり、このインジェラを探すのでさえ一苦労というトコも中にはあった。
その逆に、首都アジスアベバではイタリアンのレストランが意外にも多く、そこそこまともなピザやスパゲッティー、果てはラザーニャなんてものも食べることができた。
インジェラに比べるとかなり割高なのだが、それでも地元の人には結構ウケてるようで、食事時ともなると店内は若者やカップルで賑わっている姿をよく目にした。
それと、エチオピアといえば忘れちゃいけない「コーヒー」も有名で、これはお世辞抜きにホントに美味しかった☆
なんと、エチオピアではカフェと名のつく所なら大抵どこにでも、立派なエスプレッソマシーンが置いてあったのだ。
アフリカの中でも、唯一植民地化を免れたエチオピアといわれてるのだが、その昔イタリアが少しの間占領してた時期があったらしく、コーヒー文化はその時のイタリアの置き土産らしい。。。
うちらは特にマキアートとカプチーノがお気に入りで、どちらも1杯30円ぐらいで飲んでいたと思う。自分は朝一にコレを飲んでから優雅な気持ちで出掛けるのが好きだった。
コーヒー以外にも、フルーツジュースが地元の人によく飲まれている。定番のマンゴーやオレンジ以外にも、変わったところでは「アボガドジュース」なんてモノも飲まれていた。
あるカフェでは結構な勢いで注文されてたので、うちらも試しに頼んでみたのだが、何てことはないまんまアボガドの味。。。
これは他のジュースと混ぜるとか、いっそ健康の為を想って一気するでもしないとちょっとツライ味だった×××
他にはパン類にケーキ、ホテルのレストランなどでは生野菜サラダやチャーハン、インドカレーなんてものまで食べられるトコもあったりして、これにはかなり驚かされた。
とにかく、エチオピアというとどうしても「貧しい国」というイメージがつきまといがちだったが、意外や意外にもお金さえだせば想像してたよりもずっとバリエーション豊かでまともなモノを飲み食い出来る国でした。。。
January 06, 2008
エチオピア流の歓迎とは
その日、両替をする為に町を歩いてた所、ホテルの場所を教えてくれた地元の連中とバッタリ出くわした。そこには偶然にも、昨晩バーで意気投合したラスタマンも一緒だった。
普段はバーなんて高くてあまり行かないのだが、エチオピアでは生ビールが一杯30円で飲めるという話を聞いていたので、昨晩さっそく飲みに行ったトコだったのだ。
だけど、そこで出てきたビールは期待とは裏腹、イマイチ炭酸が弱いうえに味も薄いときてて、単純に安いからと喜べるような代物ではなかったが。。。
その時のバーで知り合ったラスタマンと、ホテルを教えてくれた連中が友達だったことに驚きつつ、話の流れから、この辺でドル両替出来るトコが無いかを尋ねた。
すると「今日ハクリスマスデ銀行ハ全部休ミダ!ケド、俺ラノ知ッテル”ブラックマーケット”ダッタラ銀行ヨリレートガ良イ!丁度、今カラクリスマスノセレブレーション行クトコロダカラ、両替ツイデニ一緒ニ行コウゼ!」と誘われたのだった。
ちょうどうちらが居た1月6日〜7日は、偶然にもエチオピア歴でいうミレニアム(2000年)のクリスマスにあたる時期だったようで、町中のテンションも日増しに上がってるのが見てとれるほどの盛り上がりだった。
面白いことにエチオピアは独自の暦を持っていて、西暦以外でも普段うちらの使ってる時間とは別の「エチオピアンタイム」なる時間も持っているのだ。
うちらとしてはそのクリスマスイベントもさることながら、地元の同世代の人間とコミュニケーションがとれる願ってもない機会だと思い、その誘いには喜んで乗ることにした。
互いの国の事などについてお喋りしながら、和気あいあいとした雰囲気で向かったのだったが、 40分ほど歩いた末にたどり着いた”ブラックマーケット”とやらは一見、というか実際に、、、全く何の変哲もないただの土産物屋だった。
さらに、そこのレートが思いのほか悪かったため、仲間の一人が「2件目行くぞ!!」という感じの目配せを送ってきた。
それじゃあ、、と店を出るとその店のすぐ隣りが2件目だった。。。
結局、隣の2件目もたいしてレートは良くはなかったのだが、とりあえず少額だったのでそこで両替を済ませることにした。
クリスマスのイベント会場へは、そっから歩いてすぐとのことだったので、さらに歩き続けた。
すると、彼らは一軒の民家のような所へおもむろに入っていったのだった。
用事でもあるのかと思い、うちらは外で待ってようとしたのだが、「ここは友達の家だから問題ない、中へ入れ」と促された。
通された部屋は、隅に大きいテーブルとソファーが置いてあるだけだが、この国の経済状況を考えると随分立派だ。
「座ッテ少シ休ンデコウ」という感じで言われたので、ひとまずソファに座ることに。
「ナニカ飲ミ物ハ?」と声を掛けられたが「うちらは別に何もいらない」と答えた。
すると、ラスタマンは「俺ハ喉ガ乾イタカラ何カ飲ミタイナ〜」と、何故かこちらにねだるような素振りで言ってきたので、念のため「飲みたかったら”自分”でどうぞ」と強調して返した。
そうこうしてるうちに、奥の部屋から妙にセクシーな格好をした黒人のお姉ちゃん達が4人ほど現れ、自己紹介とともに一人ずつうちらに握手を求めてきた。
初めは友達か家族とでも思ったが、挨拶が終わるや否や、突如はじまった手拍子に歌を合わせ、そのお姉ちゃん達は踊りだしたのだった。。
しかも、うちらの目の前わずか数十cmという近さで・・。
この不可解な行動に対し、まずゆりが真っ先に反応した。
「トシくん、コレ絶対おかしいって!!」と、必死に訴える。
個人的には「イヤ、こいつらはきっと悪い奴じゃない、、、」と思いたかったが、冷静に考えると、この目の前数十cmの所で起こってる現実ってのはやっぱりおかしかった。。。
その直後「お前らのしたい事は理解出来ないからもう帰るぞ!!」とだけ言い残し、二人でサッサと家を出た。
すると、その3人はすぐさまうちらを追いかけてきて「ヘイ友達、一体ドウシタンダ?」と怪訝な表情を浮かべている。
「どうしたもクソもあるかっ!!クリスマスのイベントに行く話だっただろ!?これは一体どういうつもりだ!?」と聞き返すと、、、
ラスタが「俺達ハ朝カラ何モ食ベテナイシ何モ飲ンデナインダ、ダカラ何カ奢ッテクレ・・」というような図々しいことを言い出した。
これにはイラっときて「俺らだって朝から何も食べて無いし何も飲んでないから同じなの。腹が減ったなら自分で何か食べてください!」とつき返す。
すると、これまでの愛想の良かった態度が一変し、、、
「両替所ダッテ案内シテヤッタダロ!俺タチハガイドダ!コレハビジネスナンダ!紹介料ヲ払エ!!」 なんて事をぬかし出したのだ。
それに対しては「ビジネスなんて初めに言ってないから知らないし、、仮にこれがビジネスだったんなら最初から頼んでないし、、両替だってお前らが居なくても自分で簡単に出来たよ、、」と並べあげると、あげくの果てにこのおバカさんは、、、
「オマエ、俺トファイトシタイノカ??俺ハラスタヲ2人モ殺シテルンダゾ!!」と、唇をプルプル震わせながら凄んできたのだった。。。
(っていうか、仲間殺しちゃダメじゃん・・!?)
とツッコんでやりたい衝動は抑えつつ、念のため万が一も考えて、あまり煽るようなこともせずにしばらく口論が続いた。
で、しまいには何を言っても 「ギブミーマネー!!アイウォントマネー!!!」 としか言わなくなってしまったので、もうこれ以上こんなおバカさんを相手にしても仕方がないと、完全にシカトしてとにかく歩き続けた。
その後もしばらくダラダラ後を付けてきたのだが、適当にバスに乗るフリなどをしてたらそのうち諦めたのだった。。。
そのうちの一人はムスリム、もう一人は愛と平和を語った偽善ラスタ、最後の一人は坊主頭のスネオ君。
三人共いたってまともな身なりをしており、どう考えても食べるのに困るほど貧しい連中ではない事ぐらい明白だった。
これは後日、情報ノートを見て分かったことだが、彼らに騙された日本人は他にも結構いるようで、あの家(一応キャバクラのようなトコらしいが、、)で何か飲もうものなら、最後には莫大な額を請求され、払えないと言うとうちらの時と同じような脅しをかけてきたあげく有り金を持ってかれる、という内容の被害報告がそこにはしっかりと書かれていたのだった・・。
こいつらは、うちらが今まで1年以上旅した中でも間違いなくNo.1におバカな奴らとしてランキングされるだろう。
でもその前に、そんな奴らを見抜けなかった自分につくづく反省デス。。。
特に、昨晩バーで知り合ったラスタマンに関してはショックが大きい、、
あれだけ真剣に向き合ってしまった自分のほうがバカみたいに思えてくるし、 酒の場とはいえ「おまえは良い奴だ!!」なんて真顔で言っちゃった自分が、今となっては恥ずかしいやら情けないやら。。。
これはアフリカに入ってまだ3日目の出来事、、、
試合開始のゴングと同時に、いきなり先制パンチを食らってしまった。。。
ま〜お陰でエチオピアの事を色々聞けたわけだし、実際奴らといた時間も楽しくなかったと言ったら嘘になるし、、
ちょっと手荒いけど、これがエチオピア流の歓迎スタイルとでも思えば良いかな・・・(ちょっと前向き過ぎ?)
ハイ、、、でもこれに懲りてもう簡単には知らない人について行くのは止めます。。。(反省)
January 04, 2008
本格的にアフリカへ
半年遅れでようやくアフリカの記事アップします。。。
深夜にイエメンを飛び立った飛行機は、まだ夜も明けぬ頃エチオピアの首都にあるアジスアベバ空港へと降り立った。
寝不足で眠い目を擦りながら入国手続きを済ませたのだが、それから空港内にある銀行が開くまでの間、約4時間近くも時間をつぶさなくてはならなかった。
事前情報によると、この国は空港はおろか街中にも殆どATMが存在しないらしいからだ・・。
暑いイメージのあるアフリカだが、ここアジスアベバは2300mという高地にあるため、この時間帯は想像以上に冷え込む、、、
けれど周りを見渡してみれば、ココはもうれっきとしたアフリカ社会なんだということに気付かされる。
とうぜんながら、待ってるあいだ周囲を行き交うのは黒人の姿しかない。
にしても、、、、、
『この国じゃエスカレーターってやつがそんなに珍しいのかい・・!?』
子供だけならまだしも、いい歳した大人までがさっきから昇ったり降りたりを繰り返している。。。
午前9時になりようやく銀行の窓口が開き、無事エチオピアの通貨をゲットしたうちらは、そんな光景に一抹の不安を覚えつつ空港を後にした。
空港から市街へは、ローカルの乗り合いワゴンで向かったのだが、乗り場付近はボロボロの服をまとった物乞いやら物売りやらが引っ切り無しにまとわりついてきて、まるでインドを彷彿とさせる。
それらを振り払いながらもなんとか中心街にたどり着くと、次に襲ってきたのはあまりの人口密度と黒い群れ、、、
基本的な治安の悪さに加え、日本人に馴染みの無いアフリカ人の顔っていうのは、失礼な話だがそれだけでコワイ・・・。
それが人混みともなると、そこをかき分けて中へ入っていくのには結構な勇気が必要だった、、、
そんな中を警戒心120%で宿を探し歩いてると、馴れ馴れしい英語で近寄ってくる連中が現れた。
どうせチップ目当ての地元の若者だろうと思ったが、彼らは単にホテルの場所を教えてくれただけで、思いのほかすんなりとその場は去っていった。
『あれっエチオピア人ってひょっとして親切、、、!?』なんて思いながらも、ガイドブックを頼りに他の宿も回り、中でも値段の割りに一番マシかな?と思われる部屋に荷をおろした。
しかし、そこが飲み屋に併設された『売春宿』ということに、後から気付いたのだった、、、
不釣合いなドレスで着飾った巨漢のオバチャンが、自分より二回りは小柄であろうオッチャンと、飲み屋から部屋へ寄り添いながら消えてく姿を目撃してしまった、、、
さらにその飲み屋からも、深夜まで“ズンドコッズンドコッ♪”というエチオピアンポップス独特の奇怪なリズムが鳴り響き、安眠には到底ほど遠い環境×××
しかし、エチオピアで安宿となると、嫌でもこの『ブンナベット』といわれている飲み屋併設タイプの連れ込み宿が避けられないようだ・・。
とはいっても、これはなかなかどうして今までには無かったハードコアな環境、、、
それでも、怒涛のように押し寄せてきた刺激と緊張からくる疲労のせいで、いつの間にか深い眠りにと落ちていったエチオピア初日の晩だった。。。
インドの時もそうだったけど、とにかく全くの未知の世界での初日というものは、不安と期待が入りまじった何ともいえない状態になるものなんです、、、





