ペルー

2008年06月26日

リマ〜プカルパ

 イキトスでアマゾンを満喫した後、再び首都のリマに戻ってきた。

 しかし、この帰りの飛行機で、久々に散々な目に遭ってシビレてしまった・・・。

 フライト当日の朝、空港に着いてすぐ搭乗手続きしようとカウンターに向かうも、うちらが乗る予定の「アエロコンドル」は探せど見あたらず、、、

 不審に思って、他の航空会社のカウンターで確認してみると、「その会社は問題が起きたから今日は飛ばない、とりあえず町にあるオフィスへ行け」と言われ、、、

 仕方なくタクシーに乗って向かったそのオフィスでは、“燃料の価格高騰”を理由にしばらくの間全フライトが欠航になってしまったが、「代替便やチケットの払い戻し等の処理はここでは対応出来ない」と告げられ、、、

 いくら抗議してもラチがあかないので、仕方なく他の航空会社の高いチケットを買いなおして、翌日のフライトで何とかリマまで戻ってきたという始末・・・。

 さらにその数日後の返金対応では、わざわざ指定されたセンターオフィスまでタクシーで出向かされ、そこでも数時間にわたる押し問答をくり返したあげく、、、


 



「ウチにはもう金がないんだ!!」





 なんていうあり得ない理由で開き直られ、、、


 結局、乗ってもいない分のチケット代金すら返してくれないというヒドイあり様だった。。。

 もう詐欺にでもあったような心境で、「こんな理不尽がまかり通っちゃうものなの?」って感じで、悔しくて悔しくて仕方なかったけど、

 旅人のうちらにはもうどうすることも出来ないし、これ以上の時間と労力を考えると仕方なく泣き寝入りするしかないかと半ば諦めかけていた、、、

 そこで最後の最後、ダメもとでチケットを購入したカード会社へ電話して引き落としの停止処理をしてもらえないかと電話で掛け合ってみることに・・・。

 すると、その電話が功を奏し、こういった場合は「購入したにも関わらず商品が受け取れてない」というケースにあたるので、先方が非を認めればチケットの代金だけはカード付帯の保険で対応してくれるという事になった。

 おかげで、チケットの代金だけは何とか戻ってきたのでどうにか気が治まったけど、アエロコンドルの対応は本当に日本じゃ絶対あり得ないフザけたものだった、、、

 しかも、それが国の顔でもある航空会社の対応だっていうんだから、いまだに信じられない。。。

 ネット上ではこれ以上は書かないけど、とにかくうちらはもう二度とこんな会社に大事な命は預けません・・・!!!(怒)

 それに比べ日本のカード会社は本当に優秀だったなぁ。。。。。

 本人が数日掛かりであちこち動いたって解決しなかった問題が、海外からの電話一本と代理人の書類記入だけで、黙っててもその数日後にはキッチリ入金まで済んじゃってるんだから、、、

(スバラシィー!!)


----- リマ -----   
  

ペルー リマ

 リマ旧市街を走るラ・ウニオン通りの様子。旧市街にある賑やかな繁華街のこの通りは常に歩行者天国になっており、両脇にはお洒落な商店やレストランが数十件にわたって軒を連ねる。週末には地元の人達でごったがえすが、残念ながら治安があまり良くない。リマでは二人連れのカップルでも昼間っから強盗や引ったくりに襲われるという話をよく聞いた。。。

 


ペルー リマ 中華街

 リマ旧市街にある中華街。リマ滞在中は毎日のようにココの世話になった。。。日本円で2〜300円もあれば中華風チャーハンや焼きそばなどが腹いっぱい食べられる(でも味はそこそこ・・・)。何処の店も大して変わりばえしないメニューだけど、中には沖縄の「ソーキそば」そっくりのうどんを出す店なんかもあってコレには感激だった☆ 



ペルー リマ ペルー リマ

 
 リマの旧市街から30分ぐらい歩いたビルの一画に、DVDのコピー天国があった。広いフロアーにはコピーDVDを扱った店がずら〜っと並んでいる。店毎によって扱ってるジャンルが違うのだが、中でも日本のアニメの品揃えがハンパじゃない!!ジャンプ・マガジン系はもちろん、少女系のオタク物から見たこともないマニアックなヤツまでもう何でもと言っていいほどかなり幅広く揃う。うちらもここでジブリ作品をまとめて購入した。10本ぐらいまとめて買えば箱付きで1本80円ぐらいだった。日本の作品であれば音声を切り替えれば日本語でも視聴が可能。映画DVD以外にも世界中の音楽CDやパソコンソフトまで、とにかくありとあらゆるものがコピーされて売られている。この国では著作権なんてあってないようなもの・・・!?

 

ペルー インカコーラペルー DEL SOL(太陽の)チョコ


 インカコーラはペルーを代表する飲み物。ネーミングはどう考えてもコカコーラのパクリ!?だけど、意外にもペルーでは立派に市民権を得ている。色は奇抜だけど、味はメロンソーダみたいな感じでこれといって驚くほどのモノでもない。。。土産屋ではこのロゴが入ったTシャツが売られていてうちらもついつい購入してしまった。その横のチョコレートはマチュピチュのデザインに惚れて買ってみたのは良いけど、料理用だったのかそのままじゃ苦くて食べれたもんじゃなかった・・・。



----- プカルパ -----

 リマを後にしたうちらは、バスで20時間ほど行ったヤリナコチャという片田舎の村へ向かった。そこはアマゾンの先住民シピポ族が多く住むエリアで、昔ながらのシャーマンによるアワヤスカという幻覚性の植物を使った儀式でも有名な場所。

ペルー ヤリナコチャ

 
 ここもイキトス同様、熱帯の植物の間を大量のオートリクシャーがけたたましいエンジン音を轟かせながら行き交い、まるで東南アジアで見るような熱っぽい雰囲気を醸し出している。

 

ペルー ヤリナコチャ

 

 滞在中、たまたま年に一度ある村の祭りが開催された。このようなステージが至るところで組まれいくつものバンドがライブしてたが、どのステージにも腰振りダンサーの存在は欠かせないらしく、うちらには「伝統衣装+セクシー腰振り」というノリが、イマイチよく分からなかった・・・(苦笑)

 

ペルー ヤリナコチャペルー ヤリナコチャ

 
 ここでよく食べていたのが、写真右上のバナナの葉にお米と鶏肉を包んで蒸した地元の定番料理。見た目はともかく、味付けは軽くスパイスが効いているぐらいなので日本人の舌にも違和感なく合って美味しい☆隣に添えてある焼きバナナが意外にも結構イケた。

 

ペルー ヤリナコチャ


 「アナコンダビジョン」という独特の柄が刺繍された民族衣装(スカートの方)。聞くところによると、これはアワヤスカを飲んだときに見えるビジョンを柄にしたものらしく、主に族の女性達が一つ一つハンドメイドで刺繍しているとのこと。非常に細かい仕事なので、よく見ると作る人によって出来はマチマチなのだが、他では見ることがない独特な色使いと柄に惚れてしまい、うちらも2枚ほど購入した。


 

ペルー ヤリナコチャ

 

 

(ペルーの次はエクアドルへ)



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2008年06月13日

アマゾンという宝

 ペルーの首都リマから飛行機に乗り「イキトス」というアマゾン川にほど近い町へとやってきた。わざわざ飛行機を使ってまでココに来た理由はもちろん、、、

 


 

 “ アマゾンのジャングル!!! ”

 

 


 アマゾン川というと、どうしてもブラジルのほうが有名な感じがするけど、実はペルーも国土の半分はアマゾンの熱帯雨林が占めているのだ。しかも、アマゾン川の源流はペルーのアンデス山脈にあるらしい。。。

 ブラジルでは予想外に物価が高すぎてアマゾンまでは足をのばすことが出来なかったが、その代わりここペルーでは絶対に行こうと決めていた。

 イキトスの空港を降りた途端に、ジットリ肌にまとわりつくような湿気を帯びた空気と、けたたましいエンジン音を撒き散らすバイクリクシャーの喧騒が襲ってきた、、、、

 ペルー イキトス  ペルー イキトス アマゾン

 こんなに大量のバイクリクシャーを見たのは南米に入ってから初めて、、その喧騒はまるでアジアのようでもあり不思議と懐かしさを覚えた。(写真上左) 町の印象としては、船か飛行機でしか行けないほどジャングルの奥地にあるというわりには思いのほか都市に感じた、、、(写真上右)

 どうやら19世紀初頭に起きた天然ゴムブームが小さな村からだったこの町に富をもたらしたようで、別名「陸路では行けない世界最大の町」とも言われている。

 イキトスの町自体にはこれといった見所があるわけじゃないけど、市場では色んなものが売られているのでアマゾンに暮らす人々の食生活を覗くことが出来た。

 ペルー イキトス アマゾン  ペルー イキトス アマゾン

 (写真左)ベレン地区の市場にて。この辺りではカメを食べる習慣があるらしいのだが、それにしてもこのデカさはエグイ・・・。
(写真右)他にもアマゾン川で採れたピラニアや巨大なナマズなど、様々な魚が軒先に並んでいた。


 アマゾンへのはやる気持ちを抑え、まずは町にいくつかあるツアーエージェントを回り、その中で一番フィーリングが合ったトコで3泊4日のジャングルツアーを組んだ。

 その翌日、エージェントが所有するロッジまでリクシャーとバスとボートを乗り継ぎ、百数十キロの道のりを半日以上かけて向かった。ジャングルの奥に入れば入るほど次第に川幅が狭くなり、日本じゃ見たこともないようなキテレツな動植物達が周囲を取り囲む。

 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン


 アマゾン滞在中は、そのロッジを拠点に付近のジャングルを歩いて探索したり、川で釣りをしたり、先住民の住む村を訪れたりして過ごした。ガイドについた「ニルトン(写真下左)」は、さすがアマゾン育ちというだけあって自然に関しての知識が半端じゃない・・・。


 ペルー イキトス アマゾン  ペルー イキトス アマゾン

 一緒にジャングルを歩いてると、「これはお腹が痛いときに煎じて飲むと良い」とか、「これは切り傷に塗ると良い」とか、「喉が渇いたらこの木を切れば水が飲める(写真上右)」とか、次から次へと生きた知恵が出てくるのだ。

 それにしても病気に効く野生の植物がこれだけ多いとは思わなかった。アマゾンのジャングルは生き物の宝庫であると同時にまた薬の宝庫でもあった、、、


 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン
 
 ガイドは朽ちた木の中からイモ虫をホジクリ出し、おもむろに口へパクッ・・・。それを見ていたゆりが勇敢にもチャレンジした!!このイモ虫はアマゾンでは重要な蛋白源で栄養も豊富だそう・・・(でも俺にはムリ。。。)


 ペルー イキトス アマゾン  ペルー イキトス アマゾン

 ロッジで飼っていた二匹のサル「ドクトル(写真左)」と「カプチーノ(写真右)」は、とても人懐っこくてメチャクチャ可愛い。。。どちらもジャングルで拾われたそうだが、サルと遊ぶのがこんなに楽しいとは思ってもなかった・・・。あぁ連れて還りたい。。。


 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン

(写真左)ロッジに猛毒のタランチュラが出現!!
(写真右)日が暮れてからはワニ探しにも出掛けた。夜の川を3時間も徘徊してようやく見つけたのは30cmほどの赤ちゃんワニ一匹、、、成長すると3mぐらいになるらしいから、そんなの逆に見つからなくて良かった。。。


 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン

 俄然ピラニヤ釣るつもりで張り切ったけど、実際釣れたのはこんなちっちゃいの。。。それでもちゃんとこの日の晩の食卓を飾った。骨が多かったけどなかなか美味☆


 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン

 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン

 先住民が暮らすいくつかの村にも訪れた。同じペルーでも海沿いのエリアとアンデス山脈と内陸のアマゾンでは、気候が違うために生活スタイルも全く異なる。可愛らしいピンクの高床式の家は病院(写真上左下)。村には簡素だがDISCOまであるのには笑えた。。。(写真上右下)


 ここアマゾンのジャングルでは、「世界で最も豊かな生態系をもつ」といわれてる通り、本当に数え切れないほどの多種多様な生き物達が完璧な相互扶助のサイクルの中でバランスをとって共存してる姿を、ありありと感じ取ることが出来た。


 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン

 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン

 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン

 違法伐採による森林破壊や温暖化の問題などでもよく取り沙汰されるアマゾンだけど、実際どの程度破壊されてしまったのか内心気にはなっていた。けど、うちらが訪れたエリアに関してだけ言えば、素人目にだけどその兆候は殆ど感じとれなかったのでひとまずは安心した、、、

 しかし、ブラジル側などの他のエリアでは大規模な森林破壊が進んでいるのは紛れもない事実だし、地球規模のこの問題には依然気が抜けないのは確かだろう。

 自分たちが普段当たり前のように吸ってる酸素だって、もとをただせば1/4はここアマゾンの熱帯雨林おかげ。いうなれば僕らの命の1/4はこの森によって生かされているのだ。

 にも関わらず、この森林を破壊してるのは日本も含めた先進国基準の経済システムのせいだったり、後先考えないで目先の豊かさだけを追い求めてるせいだったり。。。(悲)

 一説には地球上の森林はこのままいくと、あと100年しかもたないとまで言われている。人生そんなに生きるワケじゃないから自分さえ良ければそれで良いのか・・?でも将来の子供達には一体どんな顔して説明するつもりなのか・・?

 今の自分に出来るコトといえば、「マイ箸」や「エコバッグ」とかぐらいしか思いつかないけど、個人レベルで出来る範囲のコトから実際の行動に移していくのが最も現実的な策とともに、これからの環境を守るうえで最も効果的な鍵になるとも信じている。

 と同時に、そんな身勝手な僕らを文句の一つも言わずひたむきに支え続けてくれている木々達に、少なからず「感謝」の気持ちぐらいは日々忘れずに持ち続けていたいとも思う・・・。

 アマゾンの自然は人類にとって、というよりこの星に住むものにとって、紛れも無い「宝」なんだということを改めて感じさせてくれた体験となりました。。。


 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス アマゾン

 ペルー イキトス アマゾン ペルー イキトス 地元の料理「セビッチェ」

 (写真上左)夜明け直後の朝靄に包まれる幻想的なアマゾンの風景。
 (写真上右)雨上がりの上空に、突如二重に重なった珍しい虹が出現した。
 (写真下左)イキトスの町のすぐ裏手には、見渡す限り続く広大なジャングルが広がる。
 (写真下右)この地方名物の「セビッチェ」という生魚を使った料理。コレに当たる旅行者は多い・・・。

 



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2008年05月26日

マチュピチュ遺跡

 当日、朝5時にマチュピチュの拠点アグアスカリエンテスの町を出発。余分な荷物はホテルで預かってもらい、まだ暗く小雨もパラつくなか低公害の専用バスで遺跡まで向かう。

 着いてすぐ2時間ほど現地ガイドの説明がついたが、ぶっちゃけ眠過ぎてそれどころじゃなかった。。。(苦笑)

 しかも、空が明るくなってからも依然あたりを厚い雲と霧が覆い、マチュピチュ遺跡はまるでもったいぶってるかのように、なかなかその全貌を露にはしてくれなかった・・・。(写真下)

ペルー マチュピチュ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 








 ガイドの説明が終わると同時に、うちらは急いでマチュピチュの全景が見下ろせるポイント「ワイナピチュ山」へと登った。頂までは30分ほどで着いたが、そこでも厚い雲がなかなか取れずしばらく待機。

 結局1時間近く待っても完全に雲がとれる事はなかったが、雲の合間から遺跡の全景が見渡せるタイミングは何度か訪れたのでひとまず御の字ということに・・・。(写真下)

ペルー マチュピチュ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 








 15世紀にインカ帝国が築き上げたといわれるこの都市は、標高2400メートルの断崖絶壁の上にあり、麓からは全く見ることができないという特殊な立地にあるため、またの名を「空中都市」ともいわれている。

ペルー マチュピチュ遺跡ペルー マチュピチュ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 16世紀にインカ帝国を征服したスペイン人さえもこの都市には気付かず、その後400年以上にわたって人の目に触れることもなくその存在は世間に知られていなかったそうだ。

 1911年になってようやくアメリカ人の歴史家によって発見されたそうだが、コレが一体なんのための都市だったのか?という点については今だ謎が多いとのこと、、、

ペルー マチュピチュ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








ペルー マチュピチュ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








ペルー マチュピチュ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ペルー マチュピチュ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 









 この日はうちらにしては珍しくだいぶゆっくり回ったけど、それでも午後2時ぐらいには大体見尽くしてしまいこの遺跡を後にした。


 今回の感想としては、、、

 世界的にもかなり有名な遺跡だけに、求めずともその存在を写真や映像などで幾度となく目にしてきたマチュピチュ。

 そのせいか、なかば“凄くて当然”という捉え方をしてしまってた部分も少なからずあり、うちらの感想としては「期待以上の感動は得られなかった」というのが正直な所。。。

 確かにロケーション自体は切り立った山のとんでもない場所にあるので感動には値するんだけど、でも仮にこの遺跡自体他の場所にあったとしたら案外どうってことないって思っちゃいそうな気もした。。。

 インカ帝国時代の遺跡はこのマチュピチュ以外にもいくつか回ったけど、基本的に石組みだけの飾り気のないモノが多いので、よほど思い入れがない限りはすぐに飽きてしまうというのがうちらの印象だ、、、

 まぁ世界に名だたる天下の世界遺産マチュピチュには失礼な話だけど、あくまで一旅行者の個人的主観ということで・・・。

 でも、マチュピチュに向かうまでの道のり(マンテンバイク&インカ道トレッキング)は、ちょっと大変だったけどその分雄大な山あり川あり温泉ありでとても満足出来たので取り合えず思い残すコトは無いです☆

(遺跡にはもう飽きがきてるという噂も・・・)



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2008年05月25日

マチュピチュまでの道のり

 世界的に有名な世界遺産「マチュピチュ遺跡」までは、通常クスコからバスと電車を乗り継いで行くのが普通だけど、あえてうちらはマウンテンバイクとトレッキングを交えたほぼ“自力”で向うことにした。

ペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










 そのトレッキングで辿るルートも、インカ帝国時代実際に使われていた道が今なお残る「インカ道」なるもので、それを辿ってけば少しは当時の人の気分が味わえるんじゃないか、、、というもくろみもあった。


 【一日目】

 7時30分ホテルにツアー会社のスタッフが迎えにきて、その後すぐツアーで一緒になるメンバーと合流した。

 陽気なスペイン人のおっちゃん2人にその友達の女性マリナ。そしてアメリカで出会ったというインド人とペルー人(ナタリー)の珍しいカップルに、うちらを合わせた計7人が今回のメンバー。

 マウンテンバイクのスタート地点となる場所までは車で向かったのだが、付近は標高4200〜4300mもある高い山々で、着いたときは数m先の視界すらままならないほどの濃い霧が辺りにたちこめていた。。。(写真下左)

ペルー インカ道〜マチュピチュペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 

 





 そこでお揃いのヘルメットとユニフォームを着用し、頑強なマウンテンバイクに跨がり猛スピードで山道を下った、、、

 前半はほとんどが舗装された道路の下りだから楽だったけど、後半は平坦な砂利道が続いたので結構シンドかった。。。

 山頂付近では寒さに手がかじかむ程だったのが、麓では体力のいる砂利道とあいまって全身から汗が吹き出してくるほど暑くなった・・・(写真下右)。

ペルー インカ道〜マチュピチュペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 

 







 【二日目】

 朝6時に集合し、パンケーキとコーヒーの朝食をとってから出発。前半の2時間ぐらいは今回のトレッキングの中で一番ハードだと思われる登りのエリアが続く。

ペルー インカ道〜マチュピチュペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 

 



ペルー インカ道〜マチュピチュ
ペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






(写真上上左)この辺りでは染料に使われるという木の実でフェイスペインティングを施してからしてからトレッキング開始。
(写真上左)ここからがインカ道始まりのサイン
(写真上右)急な斜面に沿って緑々と生い茂ってるのはコカの葉畑。

ペルー インカ道〜マチュピチュ

ペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 

 





 (写真上)頼りないロープとゴンドラに揺られ急流を渡るシーンも、、、


 途中、頻繁に休憩をとってくれたおかげでこの日はわりとのんびりペースで歩けた。ちょうど年配のおっちゃんが2人混じっててくれたのが幸いした。。。

ペルー インカ道〜マチュピチュペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 



 



(写真上)途中立ち寄った茶屋で飼われていたサルとアナグマ!?

 夕方4時ぐらいにはサンタマリアという町に到着し、皆でさっそく名物の温泉に飛び込んだ。。。(写真下左)

ペルー インカ道〜マチュピチュ

ペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 

 





 2日ぶりにキレイに頭と身体を洗い気分サッパリ。。。湯加減もナカナカだったけど、そのあと飲んだ湯上がりのビールもこれまたナカナカでした。。。

 晩飯後、ガイドの誘いにより地元のDISCOのへみんなで行くことになった。不気味なぐらい薄暗い掘っ立て小屋で、唯一照明のランプだけが赤や青にチカチカ光ってるだけの、まるでお化け屋敷みたいにチープなトコだった。。。

 それでも、みんな大いに飲んでハシャいでと、とても楽しい時間を過ごした(写真上右)。うちらは適当なところで部屋に先に戻ったが、みんなはこの後3時ぐらいまで飲んでたそうだ・・・。




 【3日目】

 今日は昨日より2時間遅い8時30分の集合。今日も朝飯にパンケーキとコーヒーを頂いてから出発。

 今日の行程はトータル6時間。午前中は山道の続きだったが、午後からは砂利敷きの歩きづらい線路沿いをひたすら歩いた。

ペルー インカ道〜マチュピチュペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 


 



ペルー インカ道〜マチュピチュ
ペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

ペルー インカ道〜マチュピチュペルー インカ道〜マチュピチュ

 

 

 

 


 

 


 (写真上段右)周辺の畑ではコーヒー豆の栽培も盛ん。
 (写真中断左)1時間に一本ぐらい鉄道が通るのでひかれないように挨拶。 
 (写真下段左)途中、滝にも寄ったが流れる水は驚くほど冷たい。
 (写真下段右)アグアスカリエンテスの町並み。


 夕方、ようやくアグアスカリエンテスというマチュピチュ遺跡の麓にある町に到着。

 この町はマチュピチュ遺跡の最寄りだけあってかなりツーリスティック。かなりの山奥にもかかわらず、場違いなほど凝ったホテルやレストランが乱立している。


 最後に、、、

 この周辺に生息する見たことも無い「蚊」のタチが悪いこと悪いこと、、、

 後で分かったのだが、この時ガイドがモスキート(蚊)と呼んでいたコイツは、実は蚊ではなく「プリプリ」と言われるブヨの一種らしい。。。

 刺された瞬間は結構な痛さで“チクッ”っとくるのだが、赤く腫れて酷いときは血まで出るわりにはカユミはどうってことない。

 しかし、それだけだと甘くみてると、2〜3日遅れの時間差攻撃で蚊の数倍は激しいと思われる強烈なカユミが一気に襲ってくるのだ、、、

 そのカユミは1〜2ヶ月もの長い間続き、カユミがひいた後も肌には数ヶ月にわたり痛々しい痕跡が残る・・・。

 とまぁ後々そんな悪夢が襲ってくるとは知りもせず、大した虫除け対策をしなかったせいで、二日目の時点で全身50ヶ所近くも刺されてしまった哀れな俺だったのでした、、、(写真下)

ペルー インカ道〜マチュピチュ

プリプリの痕

 

 

 

 


 





 ちなみに、ゆりは多少の虫除け対策をしてたので俺ほどは刺されずに済みましたとさ。。。

(あ゜゜〜カユイ・・・・・)



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2008年05月21日

インカ帝国の中心クスコ

 ここ「クスコ」は1532年にスペイン軍の侵略を受けるまでは、インカ帝国の首都にあたる文化の中心だった所。

ペルー クスコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 今でも至るところにインカ帝国時代の名残は残っていて、植民地後のコロニアルな建物の土台部分にインカ帝国時代の石組みが使われていたりと、特にその建築様式に異文化の融和がみられる。


ペルー クスコ

 左の写真に写る石組みに使われてる石は、通称「12角の石」と言われているモノ。

写真で見ても分かる通り、本当に角が12コもある。

 これはインカ帝国時代に造られた石組みだそうだが、こんな巨大な一枚岩を機械も使わず削り上げ、それを「カミソリの歯一枚すら通さない」と言われるほど緻密に積みあげたんだっていうんだから、その技術と根気は素人目にみてもただ事じゃないのが判る、、、



 

 滞在中、かなり大きな地元のお祭りが開催された。(写真下)


ペルー クスコペルー クスコ

 

 

 

 

 



 キリスト教にまつわる人物の人形を、大勢で御輿のようにして担ぎながら町を練り歩くのだが、それ以外にも土着の信仰と関係あると思われるヘンテコな被り物や民族衣装をまとったグループも多数出現した。

ペルー クスコ

ペルー クスコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町の一角では大量の屋台が出てるエリアがあって、地元の人はそこで思い思いにお酒を飲みつつ食事を楽しんでいるのだが、よく見てみると何処で出されてるのも同じような料理だった。

 これは「クイ」という大ねずみの丸焼きと、鳥やブタの内蔵やら海草と魚の卵?のような得たいの知れない数々の盛り合わせだそうだ。。。(写真下)

 ペルー クスコペルー クスコ

 

 

 

 


 

 せっかくだからとうちらもトライしてみたけど、どれも独特の匂いとクセがあって、お世辞にもウマイといえるようなシロモノじゃなかった。。。

 地元ではこれらの料理をこのお祭りの時に食べる習わしがあるとのことだったが、まぁ日本でいう正月のおせち料理みたいなものかと・・。

ペルー クスコペルー クスコ

 

 

 

 



 

 スペイン侵略後に造られたレトロなコロニアル調の建物と、インカ帝国時代からの民族文化が混然とミックスされた町並み。

それが、ウットリするほど趣があって、毎度町に出るたび「やっぱり良いな〜ウンウン・・・」と、頷いてしまうほどだった。。。

 ここクスコは、特にゆりが完全にメロメロとなってしまったうちらお気に入りの印象深い町の一つとなりました。

 

ペルー クスコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



(写真上)丘の上から眺めたクスコ市街の全景。背後の山の斜面に刻まれたEL PERUという文字が象徴的。

 



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2008年05月17日

チチカカ湖で思う

 ボリビアのコパカパーナからチチカカ湖を船で渡り、ペルー側の町プーノにやってきた。今回は、このプーノからボートに乗っかって、チチカカ湖に浮かぶいくつかの島を訪れた時の模様をお送りします。。。

 このチチカカ湖というのは、ペルーとボリビア両国の間に挟まれた標高3800mに存在する淡水湖。富士山より高い位置にありながら大きさは琵琶湖の10倍の面積を誇る。

 うちらを乗せたボートは、まず始めにウロス島を訪れた。 島に近づくと、色鮮やかな民族衣装をまとったインディヘナのおばちゃんたちがお出迎え。。。


ペルー チチカカ湖ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 

 

ペルー チチカカ湖ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 



 ここに住んでる人達は、何世代も前からこの島で生活を営んできたというインカ時代からの民族の末裔だそうだ。

 島といっても、このウロス島は大量の葦(あし)を敷き詰めて作られた「トトラ」と言われる人工の浮島で、実際は水面に浮いているだけの島。しかも、固定しているロープを外せば島ごとの移動も可能らしい。。。

ペルー チチカカ湖ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 



 「何でわざわざこんな不便なトコに住もうとしたワケ?」と思ったけど、どうやらスペイン占領時代の迫害や民族対立などが切っ掛けになってるようで、別に自ら好き好んで水上での生活を始めたワケじゃないらしい、、、(そりゃそうだ)

 ここの人達は、うちら観光客が来ると一斉に手を振ったり歌を歌って迎えてくれるのだが、その動きや表情にはどこか「ワザとらしさ」が漂っていて、正直ツーリスティックな匂いがプンプン。。。

 

ペルー チチカカ湖

ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 


 
 島には現在も数世帯の家族が住んではいるものの、見る限り観光業にドップリ依存してる頃向が強い。
 
 こんな小さな浮島のうえでさえたくさんの土産売りが出ていて、その光景は、毎日出来るだけ多くの観光客が島に訪れてくれるのを心待ちにしているかのようだった。


ペルー チチカカ湖

ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 



 (写真上左)島の歴史やトトラの作り方、何を食べて暮らしてるのかなどをミニチュアや実物を用いて詳しく解説してくれた。
 (写真上右)島内には魚を養殖しているイケスなんかもある。
 

 次に訪れたのはタキーレ島。ココは浮島ではなく普通の島。(写真下)

ペルー チチカカ湖

ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 

 

ペルー チチカカ湖

ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 



 この島の男達はカラフルな民族衣装の帽子をこぞって被っている。刺繍が細かくて凝ってるからお土産に良いかなぁとも思ったけど、「でも、かぶる機会ないよね・・・!?」ってことに気づいて止めた。。。

それにしても、 この島はそんなに大きくない島にも関わらず子供の数が多いこと多いこと、、、


ペルー チチカカ湖ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 

 

ペルー チチカカ湖ペルー チチカカ湖

 

 

 

 

 



 でもってタカってくるタカってくる、、、

 けど実際問題、勝手な目線から見た可愛いとか可愛そうとかっていう理由だけで、大した意味もなくお金や物をあげちゃう外国人が多いってんだから、子供達がこういう状態になっちゃうのは無理もない。。。

 それは一見すると富める立場からの愛情のようにも映るんだけど、一歩間違えたら単に与える側のエゴを満たすだけの浅はかな行為にもなりえる、、、

 よく言われるのが「楽に金銭を得る手段としての物乞いが当たり前になるとマジメに働く意欲がそがれる」という人間のサガ・・・。

 与える側がいくら子供達の為と疑わずとも、そこをクリア出来ない以上はそれこそ「いくらネダられても無償ではお金を与えない」という選択のほうが、その子にとっては本当の意味で必要な判断なんじゃないかと思う。

 楽にお金を稼ぐ物乞いという手段がクセになってしまえば、ゆくゆくは演技してでも嘘をついてでも物乞いを続けることだっていとわなくなるだろうし、終いには人間性にまで悪い影響を与えかねないだろうし、、、

 それに、どうしてもその子達を救いたいと思うのであれば、無理に直接金銭を渡さなくたって、信用できる団体や関係施設なりを通して、いくらでも別な形で援助が出来るワケだし、、、

 これは個々人の想いや状況などによっても例外はあるだろうから一概には言及出来ない問題だとは思うけど、だからといって安易に金銭を与えてしまうような観光客が、何百人、何千人とそこを訪れたら、その地域へ多大な影響を及ぼしてしまうというのも明らかな事実なのだ。

 これは土産屋などにしても同じことが言えると思うけど、あまりにも有名になり過ぎてしまった観光地ではよくこの種の悪影響が目立っていて、 そんな現場を幾度となく目の当たりにしてきた立場からすると、やっぱり軽視出来ない問題のように思う。

 自分もそんな偉そうなことを言えた立場じゃないけど、これまで実際に軽はずみな旅行者をそれだけたくさん見てきたからこそ、そこには海外を旅行をする者の最低限のマナーとして注意深く気を配る必要があると感じている。

 そんなワケで僕らはいつの日からか、経済状態や生活風習が違う他国に足を踏み入れるという立場で在る以上、現地の人に対して「お金」という手段だけに頼った一方的な援助とかお礼などは止めにしようと心に決めてるのでした。。。

 (これらは一般の人にはあまり関係のない問題ですけど、ボランティア活動の現場などにも通ずることのようなのでご参考までに・・・)



sekaihokkori at 16:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!